食糧危機の今 ― なぜ世界で飢餓は増え続けているのか
紛争、干ばつ、そして遠く離れた国での戦争。一見ばらばらに見える出来事が重なり合い、世界の食料不安人口はここ数年、増加を続けています。

数字が示す、悪化し続ける食料不安
FSIN(食料危機情報ネットワーク)がWFP(国連世界食糧計画)などの支援を受けて毎年公表する「世界食料危機報告書」は、この分野で最も広く参照される統計のひとつだ。最新の報告によれば、2023年には59の国・地域で約2億8,200万人が深刻な急性食料不安に直面したと推計されている。前年からさらに増え、5年連続の悪化だという。
この数字だけを見ても、実感は湧きにくいかもしれない。だが2億8,200万人という規模は、単純に言えば地球上のおよそ35人に1人が、明日の食事に確実な見通しを持てない状態にあるということだ。しかもこの統計は、飢餓の最終段階である「飢饉」に至った人だけを数えたものではない。むしろその手前、生活の余裕を失い、栄養不良のリスクにさらされている人々の広がりを映し出している。
地域による偏りも大きい。特に深刻なのはスーダン、ガザ地区、南スーダン、イエメン、ソマリアといった、紛争が長期化している国や地域だ。これらの地域では、食料不安が一時的な現象ではなく、恒常的な生活条件になりつつある。
2024年8月、スーダン北部の避難民キャンプ・ザムザムで、国際的な飢餓判定基準であるIPC(総合的食料安全保障フェーズ分類)に基づき飢饉が宣言された。IPCは栄養不良の割合や死亡率など複数の指標を組み合わせて食料不安の深刻度を五段階に分類する仕組みで、飢饉はその最終段階にあたる。宣言そのものは象徴的な意味合いも強いが、そこに至るまでの過程では、既に長期にわたる深刻な危機が進行していたことを意味する。
食糧危機を引き起こす、複合的な要因
食糧危機の原因を一つに絞ることはできない。多くの場合、紛争、気候、経済という三つの要因が同時に、しかも互いを増幅させながら作用している。
紛争は最も直接的な原因のひとつだ。農地が戦闘の舞台となれば作付けができなくなり、道路や橋が破壊されれば流通が止まる。2023年4月に内戦が激化したスーダンでは、国内避難民の急増と食料不安の悪化がほぼ同時に進んだ。首都ハルツームをはじめとする各地で武力衝突が続き、農業生産と物流の両方が長期にわたり機能不全に陥っている。
気候の影響も見過ごせない。ソマリア、エチオピア、ケニアにまたがる「アフリカの角」と呼ばれる地域では、2020年から2023年にかけて雨季の降雨が5期連続で平年を大きく下回った。過去40年で最悪とされるこの干ばつは、牧畜と農業の両方を直撃し、家畜の大量死という形で地域経済に長く尾を引く傷を残した。ケニアもこの干ばつの影響を強く受けた国のひとつで、干ばつによる被害と、情報通信産業を中心とした経済成長という、対照的な二つの側面を同時に抱えている。
そして経済的な要因。2022年2月にロシアがウクライナへの侵攻を開始すると、世界有数の穀物輸出国であるウクライナからの黒海経由の輸出が滞った。小麦、とうもろこし、ひまわり油の国際価格は急騰し、FAO(国連食糧農業機関)の食料価格指数は同年、過去最高水準を記録した。輸入に依存する国ほど、この価格上昇の打撃を強く受けることになる。
三つの要因は互いに独立していない。干ばつで農業生産が落ち込んだ地域に紛争が重なれば、被害は単純な足し算では済まない。むしろ掛け算のように深刻化していく。この相互作用こそが、近年の食糧危機を過去のそれよりも複雑にしている理由のひとつだ。
国際機関の対応と、SDGsとの距離
食料支援の中心的な役割を担っているのがWFPだ。緊急時の食料配布にとどまらず、学校給食プログラムや、現金給付による市場を通じた支援など、状況に応じて複数の手段を使い分けている。一方、FAOは農業復興や種子・農具の提供を通じて、被災地の生産基盤そのものを立て直す役割を担う。緊急対応と中長期的な復興を分担するこの体制は、単一の機関だけでは対応しきれない規模の危機に取り組むための工夫でもある。
SDGs(持続可能な開発目標)の目標2は「飢餓をゼロに」を掲げ、2030年までにすべての人が安全で栄養のある食料を十分に得られる状態の実現を目指している。だが世界食料危機報告書が示す数字を見る限り、現実はむしろ逆の方向に進んでいる。急性食料不安人口はここ数年増加を続けており、目標達成までの距離は縮まるどころか広がっているというのが、多くの専門機関に共通する見立てだ。
食料の多くを輸入に頼る国にとって、これは対岸の火事ではない。日本も食料自給率が低い国のひとつであり、遠く離れた国の紛争や不作が、国内の食卓の値段にまで波及する構造は変わっていない。SDGsが掲げる目標の達成度を測る指標のひとつとして、食料価格の国際的な変動は、今後も注視され続けるだろう。
よくある質問
食糧危機とはどのような状態を指しますか?
食糧危機とは、紛争や気候変動、経済的なショックなどが重なり、人々が十分な量や質の食料を安定して得られなくなる状態を指します。国連の統計では「深刻な急性食料不安」に直面する人の数として毎年集計され、地域や年によって大きく変動します。
世界で食料不安に直面している人はどれくらいいますか?
国際的な食料安全保障の監視機関であるFSIN(食料危機情報ネットワーク)がWFPなどの支援を受けて公表する「世界食料危機報告書」によれば、2023年には59の国・地域で約2億8,200万人が深刻な急性食料不安に直面したと推計されています。これは前年からさらに増加した数字で、5年連続の悪化とされています。
なぜ紛争が食糧危機を引き起こすのですか?
紛争は農地や流通網を破壊し、住民を避難生活に追い込むことで食料生産と入手の両方を同時に困難にします。スーダンでは2023年4月の内戦激化以降、国内避難民と食料不安が同時に急増し、2024年8月には国際的な飢餓の基準であるIPC分類で一部地域が飢饉状態にあると認定されました。
気候変動は食糧危機にどう影響していますか?
アフリカの角と呼ばれるソマリア、エチオピア、ケニアにまたがる地域では、2020年から2023年にかけて雨季の降雨が5期連続で平年を大きく下回り、過去40年で最悪とされる干ばつが農業と牧畜を直撃しました。気候変動による異常気象の頻発は、こうした長期的な干ばつのリスクを高める要因のひとつとされています。
ウクライナ紛争は世界の食料供給にどう影響しましたか?
ウクライナは小麦やとうもろこし、ひまわり油の主要輸出国のひとつでした。2022年2月のロシアによる侵攻で黒海経由の輸出が滞り、国連食糧農業機関(FAO)の食料価格指数は同年に過去最高水準を記録しました。輸入依存度の高い国ほど、この価格高騰の影響を強く受けています。
飢饉(ファミン)はどのように認定されるのですか?
IPC(総合的食料安全保障フェーズ分類)という国際基準に基づき、栄養不良や死亡率など複数の指標が一定の閾値を超えた場合に「飢饉」フェーズが宣言されます。飢饉は最も深刻な最終段階であり、宣言に至る前の段階でも既に深刻な人道危機が進行しているのが通例です。
食糧危機とSDGsはどのように関わっていますか?
SDGsの目標2「飢餓をゼロに」は、2030年までにすべての人が安全で栄養のある食料を十分に得られる状態を実現することを掲げています。しかし世界食料危機報告書が示す通り、実際の急性食料不安人口はここ数年むしろ増加しており、目標達成までの距離はむしろ広がっているのが現状です。
食糧支援にはどのような国際機関が関わっていますか?
国連世界食糧計画(WFP)が緊急食料支援の中心的な役割を担い、国連食糧農業機関(FAO)が農業復興や生産基盤の再建を支えています。両機関は食料安全保障に関する統計整備でも連携しており、世界食料危機報告書もこの協力体制のもとで毎年作成されています。
ケニアの食料事情は現在どうなっていますか?
ケニアはアフリカの角の干ばつの影響を強く受けた国のひとつで、牧畜地帯を中心に家畜の損失と農業生産の落ち込みが続きました。一方で情報通信産業を中心とした経済成長も進んでおり、干ばつの被害と成長という二つの側面が同時に存在しています。
食料価格が高騰する主な理由は何ですか?
主要な輸出国での不作や紛争による供給の停止、燃料や肥料の価格上昇による生産コストの増加、為替変動など、複数の要因が重なって食料価格を押し上げます。特定の国での出来事が、遠く離れた輸入依存国の家計にまで波及するのが、世界的な食料市場の特徴です。
食糧危機は先進国とは無関係な問題ですか?
いいえ。食料の多くを輸入に頼る国は、生産地から遠く離れていても価格高騰の影響を直接受けます。日本も食料自給率が低い国のひとつであり、国際的な食料市場の変動は他人事ではありません。