(2007年5月8日更新)
子どもは特別な保護を受ける権利があります。子どもは幸せに、そして健康的に成長するために必要な保護と援助を与えられるべき存在です。しかし、実際はどうでしょうか?日本では5月5日は「子どもの日」。この機会に、エチオピアの例を参考に子どもへの体罰としつけについて考えてみませんか。
児童の権利に関する諸宣言では、「児童は、身体的及び精神的に未熟であるため、その出生の前後において、適当な法的保護を含む特別な保護及び世話を必要とする」としていますが、エチオピアの子どもたちは日常生活の中でさまざまな虐待にさらされています。その中には保護者や教師が「子どもへのしつけ」と考え行なっている「体罰」があります。子どもの基本的な権利や福利を侵害し、子どもの表現の自由を抑圧し、健康的で幸せな成長を妨げます。
| <体罰による子どもへの影響> 体罰の形は地域によって異なりますが、殴る、蹴る、投げる、つねる、頭を壁に打ち付けるといったものがあります。子どもの身体に対する攻撃は、子どもに身体的苦痛を与え、深刻な場合には身体障害や脳にダメージを与えることもあります。 また体罰は、子どもに精神的な苦痛も与えます。体罰によって子どもは自信を失い、常に怯えるようになります。さらに嫌悪や恐怖、報復といった感情を子どもに芽生えさせ、暴力的な態度や行動をするようになりそれが大人になっても続きます。「私は子どもの頃に殴られた。自分の子どもを殴って何が悪い?」そういって、子どもに暴力をふるう大人になってしまいます。 |
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<なぜ体罰をするのか>
このような悪影響があるにも関わらずエチオピアでの体罰の件数は非常に多く、「幼児虐待遺棄に対する予防保護のためのアフリカネットワーク(ANPPCAN)」による首都アジスアベバでの最近の調査では、回答者の85%が親から体罰を受けたと応えています。農村部よりも子どもの権利への意識があり、さまざまな人権団体が活動しているアジスアベバにおいてでさえ、体罰の問題がいかに深刻で日常的であるかがわかります。 両親からの体罰は、子どもを故意に傷つけるために行われるのではありません。また学校で子どもが体罰を受ける理由は、遅刻や居眠り、宿題を忘れる、行儀や成績が悪いといったもの。教師は学校の規律を保つ必要があり、子どもたちの知識や技能、行動、積極的な姿勢等を育むことが教師の役割であると認識しています。
たいてい体罰は家庭や社会環境の中での「しつけ」の意味で行なわれます。
<体罰ではなく、しつけをするには>
子どもが円滑に社会に参加するためには「しつけ」は必要です。問題は「どうすれば、しつけとなるか」です。子どもの誤った行動は、子どもの感情の表れ。暴力ではなく、他の建設的な方法で指摘することによって「しつけ」にとどめることができます。適切なしつけは、教室の中での対話や話し合い、子どもの権利について大人の理解を深めることによって可能になります。以下は、子どもと関わる大人が本当のしつけを行うためにANNPCANが薦める方法(一部)です。
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◆ 体罰を無くすためのプランの活動 ◆
プランは協力団体とともにこの問題に取り組んでおり、子ども自身を含むコミュニティの人びともまきこんで、体罰の防止だけでなく子どもの権利理解促進をすすめています。 以下は取り組みの一例です。
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