● 未来のリーダーを育てる 〜活動終了までのタイ、ウドンタニの歩み〜

(2007年3月5日更新)

「当初の目標に達したので、XX月をもってプランは地域での活動を終了します」−プラン・ジャパン事務局から年間約2,000人のスポンサーにこのような連絡をお送りしています。
今年6月いっぱいで活動を終える、タイ東北部のウドンタニ地域もその一つ。ウドンタニには1960年代のベトナム戦争時に米軍基地が置かれ、一時的に経済が発展しました。しかし農業だけに依存する生活は天候に大きく左右され、収入も食糧も底をつく乾季には出稼ぎしか頼る術がありません。そのためタイで最も貧しい地域とされてきました。  

1989年、プランが村で各家庭の状況を調べ始めたとき、住民たちの反応は次のようでした。
「熱心にたくさんの質問をするこの若者たちはもしや共産主義者だろうか?それとも政府のスパイ?」、「この人たちはうちの子どもを誘拐して、外国に売り飛ばそうとしているのか?」。
遠くから、疑わしげにプランの様子をみていた住民たちですが、やがてプランが取り組む道路の舗装、医療施設の建設などの成果が目に見え始めるとそんな疑念は一掃され、プランを信頼して、ともに村の発展に取り組むようになりました。

1980年代はちょうどプランが従来の慈善事業的な支援から、“地域全体の開発支援”に方向転換する時期と重なります。ウドンタニではこの新たな方針にそって活動を進め、保健医療、教育、収入増加、地域の組織作りなどに精力的に取り組んでいきました。

プランが地域を去った後は、住民が自分たちの力でさまざまな問題を解決していかなければなりません。頼もしい未来のリーダーも着実に育っています。

 
■  ウドンタニの未来のリーダーたち

17歳のオラフィム。彼女の夢は、大学で勉強して弁護士になること。彼女は、プランの活動に参加して、医者や弁護士、さまざまな専門職の人々に会い、勉強への意欲を掻き立てられたと言います。「農村部の人々は、法律について何も知りません。だから私が法律を勉強して、村のみんなの助けになりたいんです」。

27歳のソーンチャイは大学で美術を学び、現在バンコクの工科大学で教鞭をとっています。彼はプランの活動をこう振り返ります。「プランの活動に参加して、僕が一番影響を受けたのは、実は奨学金でもプロジェクトの恩恵でもありません。ある日、スポンサーに初めて描いた絵を、プランのスタッフがとてもほめてくれたこと。これがきっかけで、自分は絵を描くのがとても好きだと気づいたんです。これが僕にとって一番大きな影響でした。父がプランのボランティアをしていたことも影響していますが、プランが村にこなかったら、今の僕はなかったでしょう。」今は村から遠く離れて暮らすソーンチャイですが、村に帰るといつもみんなに教育の大切さと、子どもたちが自分の気持ちに正直になることの重要さを伝えています。

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