(2006年10月5日更新)
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| 2005年10月8日、パキスタン北東部をマグニチュード7.7の大地震が襲いました。 被災地が山岳地帯で偏狭な地であることに加え、地震により地滑りや山崩れが発生し、アクセスが非常に悪かったこと、普段でも冬は雪で孤立してしまうため、本格的な冬の到来前に緊急支援を実施しなければならなかったこと、など支援活動は大きな困難を伴うものでした。
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被災規模 |
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| 出典:UN/ERRA-Recavery Plan |
しかし、プランは1997年よりパキスタン北部にあるマンセラ周辺の52村で、約5万人の住民とともに地域開発活動を進めており、その中で培った住民との絆、住民のもつ知恵を生かした活動を展開できるという強みがありました。さらに、プラン各支援国から総額1,700万米ドル(約18億7,000万円)、プラン・ジャパンからは約9,300万円といった大きな支援を得ることができました。
こうした強みを活かしながら、プランは地域の人々とともに、困難をひとつひとつ乗り越え、緊急・復興活動を実施してきました。
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| 物資の配布 |
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|---|---|
| 仮設住宅 | 12,000世帯 |
| 保健衛生キット | 3,000世帯 |
| 子ども用防寒具 | 12,000人 |
| 1ヶ月の食糧 | 3,500世帯 |
| 避難キャンプにおける支援
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| 安全な水の供給とトイレ・下水道設備 | 315世帯 |
| 保健・衛生向上のための活動 | 315世帯 |
| 誘電 | 315世帯 |
| 生活用品の支給 | 315世帯 |
| 仮説小学校・幼稚園の建設と運営 | 315世帯の子ども |
| 子どもの教育 |
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| 小学校・幼稚園の建設と運営 | 2,400人の子ども |
| 保健衛生教育 | 2,400人の子どもとその家族 |
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プランは2005年11月より緊急支援活動と併せて、マンセラ行政区の教育省と連携した小中学校の再開に向けた支援や、被災者が避難キャンプから家に戻るための支援、「子どもの保護」の啓発と実践など、復興を視野に入れた活動を行いました。そして、2006年2月からは本格的な復興活動に取り組んでいます。
| 仮設小学校の建設と運営、教材の支給 | 58校、6,000人の子ども(その40%が女児) |
|---|---|
| 教師のトレーニング(教授法) | 123人 |
| 教師のトレーニング(子ども心理) | 123人 |
| 保護者による教育委員会の設置 | 10委員会 |
| 子どもによる教育委員会の設置 | 6委員会(60人の男児と60人の女児が参加) |
| 乳幼児センターの設置 | 54センター、2,400人の3-6歳児 |
| 保健・衛生指導 | 2,400人の子ども |
| コミュニティリーダーのトレーニング | 50人 |
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地域の人々の復興へ向けた強い意志により、復興支援活動は着実に進んでいます。プランは、2010年までの計画の下、今後も次の4点に注力した復興支援活動を進めていきます。
@)子どもたちの健康の促進
A)子どもたち、特に女児に対する質の高い教育の提供
B)貧しい世帯への生計支援
C)子どもと女性の権利の促進と保護
「災害は不幸なことでした。しかし生存した私たちの役割は、不幸なことをただ不幸として嘆くだけでなく、不幸なことを幸いに転じるべく前向きの取り組むことだと思っています。再建に向けてこれまで聴かれることのなかった女性や子どもたちの声も聴かれ、地域づくりに反映され始めてきました。例えば、新しくできた学校にはこれまで通うことができなかった女の子も通えるようになりました」。
被災地のの人々の力強い声とともに、プランは一過性の緊急支援に留めることなく、中長期的な地域開発支援の視点に添った復興支援活動を今後も進めていきます。
| ※左の小さい写真をクリックすると、右側に拡大されます。 |
動画にてプラン・パキスタンから届いたVTRをご覧いただけます。 (英語字幕 18分)