●プランの活動が終了した村から 〜エルサルバドル〜

(2008年9月5日更新)


ラス・メシタス村に住むエングレーシア
 

21年間という長い活動の末、プランは1999年にエルサルバドル北部のラス・メシタス村での活動を終了しました。この村をプラン・エルサルバドルの国統括事務所長ハン・ディッセルブロムが訪問した際の話をご紹介します。

ハンが村で最初に出会ったのは、生後4ヶ月の孫とくつろいでいたエングレーシア。「この村におけるプランの活動の最大の成果は何だと思いますか?」 というハンの質問に答えるため、彼女は自分とプランの関わりを話してくれました。

「プランがこの村で活動を始めた時、私の母は弟をチャイルドとして登録することを決めました。でも、父はそのことに大反対だったんです。その頃、エルサルバドルでは内戦が始まるという噂が飛び交っていて、プランが子どもを盗むために来たのではないかと言う人もいました。


父があまりに強く反対するので、時には、私が母に代わってプランの会合に参加することもありました。そうすれば、父に気づかれないからです。

ある日、チャイルドが海外のスポンサー宛に手紙を書くための会合が開かれました。弟はまだ幼かったので、私が手紙を書くことに。プランの職員に教えてもらいながら、生まれて初めての手紙をみんなで一生懸命に書きました。その時私が書いた手紙は、良い手紙の例として他の子どもたちに紹介されました。

それから、私は他の子どもたちが手紙を書く際の手伝いを頼まれるようになり、村のボランティアとして活動を始めました。手紙のやりとりを支えた経験は、11年間続いた内戦の暗い日々の中で、心から楽しめた数少ない出来事の一つです。

内戦が終わった1991年、私はすでに母親となっていましたが、ボランティアを続けていました。プランはその頃、住民自身がプロジェクトを管理するためのトレーニングに力を注いでいました。私もプロジェクト管理委員会のメンバーとなり、書記や会計を担当した後、委員会の代表として大規模なプロジェクト運営も行いました。

 
手紙を書くチャイルド
プランの活動を通して、内気だった私は行動的になり、村のリーダーへと成長しました。今でも、プランとともに培った技能と経験によって村の開発を進めることができ、ほかの村のリーダーを育成するお手伝いも続けています。

ですから、『プランの活動の最大の成果』 というあなたの質問に対する私の答えは、あなたの目の前にいる私自身です!」

エングレーシアの話を聞いたハンは、「開発の本当の意味は、人々が物を持つことではなく、人が育つことだということを再認識した」 と語っています。


◆ラス・メシタス村におけるプランの活動

プランは、1978年から1999年までラス・メシタス村で活動しました。主な活動は、安全な水や電気供給システムの設置、学校や家屋の建設、保健所の設置と整備、保健員トレーニング、農業技術トレーニングなどです。プランの活動終了後は、住民自身によって地域開発プロジェクトが進められています。


※プラン・スポンサーシップについて詳しく知りたい方は、こちらご覧ください。
プラン・スポンサーシップの仕組み