重病の赤ちゃんを救え!三大陸にまたがったプランによるケニア難民救護               

(2008年5月9日更新)

その赤ちゃんの名前はルーシー。ケニアで暴動が発生した昨年末、彼女はまだ生後わずか10ヶ月でした。日に日に悪化する部族対立による混乱と恐怖のため、多くの人々が家を捨て、両手に持てるだけの荷物を持って避難。国境を越えてウガンダまで避難した人々は1万2千人にのぼりましたが、その中にルーシーと両親の姿もありました。

ウガンダの難民キャンプで支援を行っているプランは、そこでルーシーに出会いました。ルーシーは肺炎を患っていましたが、心臓にも異常が見られたため、プランはすぐにウガンダの心臓外科病院へ搬送。そこで、極めてまれで重篤な心臓病であることが判明します。ウガンダに逃げる道中、厳しい寒さと過酷な環境にさらされたルーシーの病状は重く、ケニアやウガンダでは治療ができないため、インドのチェンナイにある、特別小児心臓外科をすすめられます。心臓の右心室が先天的に閉鎖しているルーシーは、手術ができなければ生存の見込みはないという診断でした。
そこでプランは、チェンナイの専門病院に連絡を取って手術の手配をするとともに、一家のために入国ビザと航空券の準備もしました。

 
病室にてサングラスで遊ぶルーシー

3月、体力が回復したルーシーは、14時間もの飛行機での移動を経てチェンナイの病院に搬送されました。しかし、ようやくたどり着いた病院で専門医が下した診断は、「心臓の機能に著しく問題があり、ここでは手術は不可能」というものでした。インドには大人の心臓弁しか保存がなく、ルーシーの手術に必要な、乳児に適する心臓弁がないというのです。
しかしプランはそこであきらめませんでした。インドになくても、乳児の手術に適した心臓弁が入手できる国がどこかにあるはず。手を尽くした結果、南米ブラジルの病院から、必要な心臓弁が空輸してもらえることになったのです。

そして3月26日、ルーシーの6時間に及ぶ大手術は無事に成功しました。ルーシーの母親(20歳)は言います。「まさかルーシーが生き延びることができるとは、夢にも思いませんでした。」その後ルーシーは4月7日、「世界健康の日」にアフリカの地へ戻れることに決まったのです。

プラン・ウガンダの国統括事務所長、ドナル・キーンはこう回想します。「その知らせを聞いたとき、まるで月の上を歩いているような気分でした。プランの事務所でも、活動地域でも、誰もがルーシーのことを心配していたので、至るところでルーシーの容態について尋ねられました。彼女が帰国する日には、絶対に迎えに行きますよ。今から待ちきれません。」

こうしたプランの尽力により、ルーシーはその小さな命をつなぎとめることができました。しかし、ルーシーの前途がこれで安心なわけではありません。4月17日にようやく連立政権が発足したケニアですが、まだ情勢は不安定で、多くの避難民は帰還していません。ルーシーが今後適切な医療を受けるためには、まずケニアの治安が回復し、安心して故郷の村に戻ることが必要ですが、それにはまだ時間がかかることが予想されます。

 


手術後のルーシーと両親

現在もウガンダにあるケニア難民キャンプでは、ルーシーのように最も弱い存在である子どもたちが、学校に通えなかったり、病気になったり、いつ帰れるか分からない不安な日々を送るなど、今も厳しい環境の中にあります。プランはこれらの難民キャンプにおいて、1万人に及ぶ子どもたちに対し物資の支給や医療・教育に関するケアなどの緊急支援を行ってきました。しかし、彼らが暴動を見聞きしたり、必死で逃れてきた際に受けたショックやストレスは決して短期間で癒されることはありません。
これからもプランは、子どもたちの心身の回復のために、必要とされる長期的な支援を行っていきます。