1975年〜79年のクメール・ルージュ政権下において、カンボジアの教育基盤は破壊されてしまいました。20年以上たった今でも校舎は荒れ放題で放置されています。さらに学校自体の数が少ないことから通学にかなりの時間を要し、親は子どもに労働力を期待し学校に行かせたがりません。カンボジア政府の調べによると、70%の子どもが学校に在籍しているにもかかわらず、卒業に至る子どもはたった2%です。 プランは、活動地域であるシエムリアップに小学校と中学校を新たに建設することを提案し、さっそく住民たちによってプロジェクト委員会が結成されました。委員を中心に住民たちが、建設場所の選定にあたったり、自分たちで負担できる資金を出し合ったり、建設予定地からの地雷撤去手配などの仕事をこなします。一方プランは、不足資金の補填をしたり、プロジェクトの進め方や建設のアドバイスを行ったりします。住民主導のプロジェクトですから工期が予定通り進まない、住民と建設業者との意思の疎通がうまくはかれないなどさまざまな課題はあったものの、シエムリアップではこのプロジェクトを通して小学校2校と中学校1校を完成させることができました。住民たちは今回の経験を活かして、今後もさまざまな地域開発プロジェクトを展開していく予定です。