2010/7/29

グアテマラ熱帯暴風雨アガサ緊急復興支援の現場から            ~緊急支援から脱し、復興へ 子どもたちの声~

Filed under: America中南米 — zzz @ 13:24

プログラム部 山形 文

5月29日熱帯暴風雨アガサが中米グアテマラを直撃。全土に過去最大の降雨をもたらしまし、多くの人が家や家財道具を失い、収入源となる農作物は壊滅的な打撃を受けました。

被災後約2週間にわたり、プランは、緊急支援キット(水、食糧品、日用品セット、薬など)の支給や、被災した子どものトラウマケア、リクリエーションを兼ねた衛生教育や情操教育を避難所で行ってきました。

  
■緊急支援キットの支給            ■避難所のリクリエーション

被災から1ヶ月が経とうという6月22~25日、刻々と変わる被災地の状況を把握し、現場でもっとも必要とされる復興支援の計画を立てるための調査で、中東部イサバル県へ行ってきました。

◆ロス・アマテス市 避難所の縮小◆
被災直後20ヶ所以上あった避難所は次々と閉鎖され、今は2ヶ所を残すのみです。避難所を出た多くの世帯は、親戚や知人宅に移り住み、自宅が修復できるまで待ったり、移住先を探したりしています。

私が訪れた小学校を利用した避難所は、被災直後は約100世帯が身を寄せていましたが、今はわずか数世帯が暮らしてるだけでした。一部授業が開始され、避難所の住人にとっては、ますます生活しにくくなっています。

  
■始業前に生活道具は端に寄せます。   ■終業まで、外で過ごします。

◆被災したコロニアの学校◆
リコ川に近いコロニア村の人たちの多くは、近隣の親戚・知人宅に身を寄せて避難生活を送っています。この日は、ダイリン(12才)とアンドレア(10才)が、私たちの調査のために、彼らの学校や家を案内してくれました。

学校は川岸から50メートルも離れているにもかかわらず、机、いす、教科書、書類などすべてが建物の外に押し流されました。どれも再利用は不可能な状態で、今は政府から備品が支給されるのを待ち、授業は行われていません。

  
■左:「この高さまで水が押し寄せてきたの」学校の外壁に残る線を示す ダイリン(12才)         
■右:清掃後の教室内。水かさの跡は背の高さ以上の所に残る アンドレア(10才)
    
  
■教室の机・いすは押し流されて校庭に山積みに。板の部分は水を吸って壊れてしまいました

「雨と風が強くてみんな家でおびえていたけど、だんだん水が押し寄せてきたのでお父さんと弟と家の屋根に上ったの」。まだ恐怖心が癒えきらないアンドレアですが、「また友達と一緒に学校で勉強したい」と希望を打ち明けてくれました。

プランは地域の人々を動員して、建物の清掃や政府への働きかけを進め、一日も早く学校が元の姿を取りもどして授業が始まるように支援しています。

◆氾濫したリコ川の傷あと◆
アンドレアは決壊した橋を案内してくれました。彼女の父親を含め、たくさんの人が毎日、バナナ農園に出勤する際に使っていた橋です。今は渡ることはできません。農園もかなりの被害を受けていることでしょう。働く場を失った父親は、今では、毎日、近くの町に通って日雇いの仕事を探しています。

 
■左:家族へのおみやげにと、道すがら見つけたパパイヤをかかえるアンドレアの向こうに見えるは、リコ川にかかる決壊した橋 
■右:被災して廃墟のようになった家屋の前で。衣類などの家財道具が散乱、暴風雨で飛ばされた衣類は屋根に引っかかったまま

◆住めなくなった家◆
ダイリンの家はリコ川に近い木造家屋でした。被災後、自分の家に戻るのは、この日が初めてでした。一歩入った家の中は、腐敗した川の水が悪臭を放っていました。お母さんの手伝いをした台所も、両親の寝室も自分と妹が使っていた部屋も泥と水が運んできたごみにまみれています。「清掃したらまたこの家で暮らせるかどうか、これから両親が判断します。それまではおばさんの家に居候して我慢します」

  
■左:変わり果てた家。悪臭が立ち込めています
■右:大好きな自転車も泥まみれ。「おばさんの家に持って行きたいけど、お父さんが今はだめだって」横にあるのはダイリンと弟が使っていたベッド

◆これからの復興支援◆
食糧や水もまだ充分とは言えません。しかし、それ以上に、この地域の大きな課題は、一日も早く落ち着いた生活を取り戻すこと、そして子どもたちが勉強できる環境を取り戻すことです。

これからプランがこの地域で行うアガサ復興支援は、家屋の修繕をサポートする活動が中心となります。各世帯の被災状況を見て、修繕に必要な建設資材などを購入できるクーポンを配り、自分たちで家屋を修繕できるよう指導を行います。そして地域の人々が一日も早く落ち着いて暮らせるように支援します。

グアテマラ熱帯暴風雨アガサ緊急復興支援に、ご協力おねがいいたします。 

ボランティア・寄付ならプラン・ジャパン

2010/4/30

スタッフの1日 ~グアテマラ編~

Filed under: America中南米 — zzz @ 15:47

プログラム部 山形 文 

2009年10月、プラン・ジャパンは、外務省の日本NGO連携無償資金協力(約27万ドル)を受けて、中米グアテマラ(メキシコの南)で基礎教育改善プロジェクトをスタートしました。今回は、現地での典型的な1日をご紹介します。

今日サン・アルフレド村を訪問する目的は、新学期が始まったばかりの学校を訪ね、学校の現状を把握すること。プランの安全対策上、村では宿泊できないため、日帰りできるように朝5時のまだ薄暗い中を車で出発します。

  

出発時の様子。 途中、牛の群れに道をふさがれるが、ここではよくあること。誰も気にしません。

 

出発が早朝なので、朝ごはんは持参して道中に食べます。車のボンネットがテーブルに早変わり。メニューは、マッシュした黒豆、とうもろこしのトルティヤ、トマトのオムレツ。グアテマラの食事は質素で、1日3食ほとんど同じものを食べます。

朝食を終えてドライブを続けます。道はいよいよ厳しく、シートベルトがなければ頭を天井にぶつけます。

  

オフィスを出て走ること3時間、ここでドライバーとはいったんお別れ。ここから先、車両は通行不能、徒歩でしか進めない道が続きます。

この地域は、標高1,000mほどの山々が連なっています。急な上り坂と下り坂が繰り返し延々とやって来る1本道の先に、目的地のサン・アルフレド村はありました。

 

学校前の広場に集まってきた子どもたち。授業風景を見たかったのに、汗だくで到着した私たちに会うため、みんな教室を出てきてしまいました。現在の教室はこんな感じ(写真下)。プランが支給した机や椅子は新しいものの、建物の造りが粗末で雨や風にはとても弱いのです。

 

プランの教育専門家(写真右)と一緒に、ドミンゴ先生(写真左)から、生徒数、使用教材、使用言語(子どもたちはケチ語を話します)、日々の授業の様子などを聴き取ります。ドミンゴ先生は、街から遠く離れ孤立したこの村で働く苦労や悩みを語ってくれました。「教育論理ではなく、明日からでも教室で活かせる、実践的な授業の運営技術を教えてほしい。ひとりで学年の違う子どもたちを相手に授業をするのは本当に大変なのです」。私たちは彼のコメントをしっかり書きとめ、これから実施する教師トレーニングに反映させます。

 

次は、学校の敷地内にある新教室の建設地に移動して、村のリーダーたちと話し合い。セサール(左写真)はプランの建設技師、エリン(右写真中央)はプランでこの村を担当するフロントラインスタッフです。2人と一緒に、建設作業を手伝うお父さんたちには、建設業者や施工のスケジュールを通知します。そして、子どもたちからは、教室の設計について意見や希望を集めます。私とセサールは、スペイン語が話せるお父さんたちとしか話せません。子どもたちとの会話は、ケチ語が得意なエリンが手伝ってくれました。

時計はお昼を回っています。帰りにかかる時間を考えるとゆっくりしてはいられません。しかし、村のリーダーがお昼ごはんを準備してくれたのでご好意に甘え、先生と一緒に学校の裏手にあるリーダーの家におじゃましました。メニューはスープ(左写真)とトルティヤとアトル(右写真)。スープはトマトベースで鶏と麦が入っています。地元のハーブが香ります(ドーン!と入っている鶏の脚。私はあまり得意ではありません)。アトルはグアテマラ全土で飲まれる、とうもろこしの粉をお湯で溶かして砂糖を入れたおかゆのような飲み物です。

 

食事を終えて、急いで帰路に。朝来た長い山道を戻ります。山の天気は変わりやすく、この日も深い霧が立ち込めてきました。先を急ぎます。

 

車を降りた場所まで戻って一安心。これからさらに長いドライブが待っています。帰りの車中では、村の人々から聴き取った情報をもとに、建設のスケジュールや教師トレーニングの内容について話し合いました。また、教育専門家からはグアテマラの教育の現状を教えてもらいました。

プルラの中心にあるプランの事務所に到着したのは午後7時、日が暮れていました。私はそこからエリンのバイクで滞在している小さな宿まで送ってもらいましたが、他のスタッフはオフィスからバスを乗り継いでの帰宅です。自宅に着くのは8時過ぎになるでしょう。ドライバーはオフィスで車両の清掃・整備をしてから帰宅します。

こうして1日が終わり、次の日からまた、より良い教育環境をつくるための新たな挑戦が始まります。

ボランティア・寄付ならプラン・ジャパン

 

2010/1/17

ハイチ大地震から5日目(首都ポルトープランスにて)

Filed under: America中南米 — zzz @ 17:28

プラン国際本部 スチュアート・コールズ

このひどい状況を何とかしなければ、というフラストレーションばかりが募る。移動時間は通常の3倍かかり、電話も途絶えがちで、他地域にいるスタッフとの会話もままならない。多くの人が食べ物を必要としているが、ほとんどの店や銀行のシャッターは閉じられている。

一部の地域では武装したギャングが暴れており、倒壊を免れた銀行を襲撃している。人々はどうにか首都から離れようと、ガソリンを求めて、列を作り辛抱強く並び続けている。

住民グループと相談しながら必要物資をリストにしていったところ、ポータブル式トイレ、水、テント、その他の生活用品が延々と続く。緊急時にできることには限りがあるが、怪我の診察や、物資の支給など、必要最低限のことから始めるしかない。多くの人が、ほかの誰かを助けようと懸命に働いている。

 
■コールズ職員                 ■倒壊した店舗

クロア・デ・ブーケで出会った女性は、夫と2人の子どもを地震で亡くした。倒壊した家の下敷きになったのだ。何が起きたのか、残された3歳の娘が理解しているか訊ねると、「分かりすぎているぐらいだわ」と、険しい顔で答えた。

何気ない会話の中で、子どもたちが置かれた状況の深刻さが浮き彫りになっていく。40人近い子どもたちが、怪我の手当てのためにドミニカ共和国との国境地域に送られた。親の付き添いはない。このような非常時こそ、人身売買に目を光らせなければならない。


■避難所で人々の状況を確認するプラン職員

ポルトープランス郊外の避難所では避難生活を送る人々が一つのテントに集まり、プランが派遣した医師、ウンニによる保健講習に耳を傾けている。このような状況下で感染症が広がると、取り返しがつかないのだ。

「夜、怖い夢を見る人はいる?」 そうウンニが訊ねると、たくさんの小さな手が挙がった。「それは、普通のことなんだよ」 ウンニが伝える。そして、子どもたちから笑い声すら引き出している。


■プランは「子どもの保護」を中心に活動

首都には多くの報道機関が集まっているが、他地域の状況は、なかなか伝わってこない。プランのスタッフは被災規模が大きいジャクメルでも支援を行っているが、食糧も薬も届くまでに時間がかかりすぎている。もうすぐ支援物資を積んだ船が、ドミニカ共和国から到着する。急いで駆けつけて、一時も早く人々に届けなければ。

※プランは、ハイチ大地震被害に対して、緊急・復興支援を行っています。最新情報は、こちらをご覧ください
クレジットカードで今すぐ寄付

2008/12/8

山を越え、谷を越え、グアテマラの先住民族が暮らす村へ

Filed under: America中南米 — zzz @ 15:53

プログラム部 大重早苗

これで何度目の休憩か…
「このままじゃ、今日中に村にたどり着かないよ!」という、若者の声が耳にささります。都市生活を送る私にはムリ!と心の中でつぶやく私。

今回、私が出張で訪れたのは、中米のグアテマラ。まさに山と谷を越えて、山岳地帯の村に行ってきました。そんな出張の様子を写真でお伝えします。

 
■左: 裸足で川を渡り、山道を歩くこと1時間。急斜面がきつくて、息も絶え絶え
■右: 目的地の村は、一番奥の山にあります。荷物を持たなくても、大変な道のり。雨も多いこの土地で、住民は子どもたちの教材や学校建設用のレンガを運びました

 
■左: 駆け寄ってきた子どもたち。最後の力を振り絞って、ようやく村へ!
■右: プロジェクト校を訪問。複数の学年が同じ教室内で学んでいます。子どもたちは、新しい机や教材、参加型の授業に、「学校に来るのが楽しくなった!」と笑顔で話してくれました

 
■左: 学校の壁には、子どもたちが思い思いに描いた絵を展示
■右: 「サナエ、ハポネサ(日本人)」と書かれた絵を発見。涙が出るほど、うれしい!(スカートをはいてきたことは、一度もないけど)

 
■左: プロジェクト校20校が集まって、楽しみにしていた子どもの権利イベントがスタート!このために、5時間かけてやってきた子どもたちもいます
■右: 何だろうと思って見ていたら、「日本をイメージして作った」とのこと。これって、獅子舞?

 
■左: 伝統衣装を着ておめかし。みんな、お人形みたいで、かわいい!
■右: この地域の子どもたちは8ヶ月前、外国人である私を見て一斉に逃げ出してしまうほどシャイでした。でも徐々に仲良くなり、今回はダンスに誘ってくれるほどに

ある学校の式典の最中に降り出した雨。「子どもたちは外で濡れても大丈夫だよ」という教師に、プランの現地職員が優しく諭します。「子どもたちも風邪をひくよ。みんなで雨宿りしよう」。子どもたちに配られた食事の量が少ないのを見て、「栄養が必要なのは子どもたちの方だから」と、さりげなくお皿を交換する場面もありました。

『子どもの権利を守る』というプランの基本姿勢は、こんな日常の行動一つ一つに表れ、自然に人々に伝わっていきます。私も日頃の行動を見直そうと、山道を下りながら胸に誓いました。

※プロジェクトの紹介はこちら


ボランティア・寄付ならプラン・ジャパン

 

2007/12/28

中米ホンジュラスで見たプランの活動

Filed under: America中南米, 事務局より — zzz @ 13:07

学生翻訳ボランティア 鈴木菜穂

私は現在、プラン・ジャパン事務局で翻訳ボランティアとして活動しています。
数多くあるNGOの中からボランティア先としてプランを選んだのは、青年海外協力隊として中米ホンジュラスで活動していた時に、プラン・ホンジュラスの活動をよく目にしていたからです。

青年海外協力隊の時、私はホンジュラス西部の山間地にあるコパン県フロリダ市という、住民が4,000人くらいの小さな町に住んでいました。その町にある保健省の出張所に配属され、感染症対策プロジェクトの一員として活動していました。

配属先はプランとは関係のない機関でしたが、巡回や住民集会などでコミュニティに行くと、よくプランの子ども委員会の活動や、プランが建設した学校やトイレなどの施設を目にしました。また、辿り着くのがとても困難で、他の支援機関が入っていないような地域でも、しばしば住民や市町村役場の職員の方々からプランの話を聞きました。


■感染症に関する授業を行う鈴木さん


■小学校の様子

他の途上国でも同じだと思いますが、ホンジュラスでも田舎で働くことはとても大変なことです。ホンジュラスには、ガタガタ道を徒歩や馬で数時間以上かけて行かなければならないコミュニティがたくさんあります。その上、雨期にはがけ崩れやぬかるみで道の状態が極めて悪くなるので、外部からのアクセスが非常に困難になります。

ホンジュラス人は山奥のコミュニティで働いたり、住んだりすることを「feo (醜い、悪いなどの意)」といってひどく嫌います。例えば、私が下宿していた家の娘婿さんは長く失業状態にありましたが、ようやくある機関で働き始めることができました。ところが、山間地のコミュニティに巡回しなければならない仕事を嫌って、数ヶ月で退職してしまいました。

でも、プラン・ホンジュラスは、そのような山間地にも入って活動していました。なぜプランの人たちが山奥でも活動できるのか、いつも不思議に感じたものです。


■鈴木さんが活動していた地域


■子どもたちの部屋

現在、プラン・ジャパンでは、チャイルドからスポンサーに送られてきた初めての手紙の翻訳をしています。チャイルドからの手紙の中には、日付が数ヶ月以上前のものや、土で少し汚れたものも多くあります。こういった手紙を見ながら、プランの職員やボランティアの人々がコミュニティから数時間かけて歩いて持ってきたのかな?などと、思いを巡らしながら翻訳しています。

スポンサーの皆さんには、チャイルドからの手紙を読むときに、たとえ意味が分からなくても、原文もじっくり見ていただきたいと思います。私は原文(スペイン語)から翻訳することもありますが、慣れない字を書くのにものすごく時間をかけて書いたんだなあ、と感じることがよくあるからです。

ホンジュラスの小学校就学率は90%で、識字率は80%とされています。これらの数字は一見高そうですが、山間地のコミュニティで活動した経験では、実際にはもっと多くの人が満足に読み書きできないように感じられました。多くのスポンサーの方が、手紙の原文の汚れや字の一生懸命さなどから、現地での生活の様子や手紙を書いた人々の気持ちを感じとっていただけることを願っています。

※鈴木さんには、2008年1月19日(土)の報告会にてホンジュラスの人々の暮らしをご紹介いただきます。ぜひ、ご参加ください! 詳細はこちら


ボランティア・寄付ならプラン・ジャパン

2007/3/19

15時間マイナスのグアテマラから、こんにちは! (No.3)

Filed under: America中南米 — zzz @ 17:56

スポンサーシップ部  橘 祐子

Hola!(こんにちは!) 
私は3月6日から9日までエル・プログレッソ活動地域内のサラマ事務所に滞在しました。バハ・ベラパス県にあるサラマ事務所では、先住民族が多く住むコミュニティでの活動を行っています。

今回は、サラマ地区での小学校・家庭訪問の様子をお届けします。

■ 農村部の小学校と家庭訪問
皆さんは、小学校に通っていない・通えない学齢期の子どもがいることについて、その背景や理由として、どのようなことが思い浮かびますか? 例えば、内戦を含めた戦争、貧困、地理的条件、性差別、親の理解不足など、さまざまな要素を思いつかれるのではないでしょうか。

グアテマラも他の多くの国と同様、都市部に比べて農村部の子どもの就学率が低い傾向にあります。統計によると、グアテマラの農村部において、小学校へ通っていない子どもの割合は17%、また3年生まで修了するのは小学校入学者100人当たり47人、6年生まで修了するのは29人と言われています。また、国全体において、女の子の就学率が低いと言われています。

今回は、サラマ事務所から車で約1時間の距離にあるサンタ・リタ村の小学校を訪問し、実際に教師やいくつかの家族、子どもたちと話してみました。
この村の家庭のほとんどは農業従事者です。


■村へ向かう途中、サラマ市内が望める

サンタ・リタ小学校の児童数は146人。家ではアチ語(マヤ民族の言語のひとつ)を話し、学校ではスペイン語で勉強する、という児童が多くいます。


■女の子の多くは民族衣装を着ている

校長や教師、給食当番の母親たちの話では、この村の学齢期の子どもは、ほとんど小学校に通っているようです。
ただし、5・6月の種まきと8月の畑の整備の時期になると、特に男の子は家族の手伝いで授業を休むこともあるそうです。また、小作農の家族の場合、コーヒーや綿花の収穫期となる1・2月は海岸地方へ家族ごと出稼ぎに行ってしまうため、一時的に不在となる児童も出るそうです。

3年生と6年生の数名と彼らの親と話す中で、きょうだいの通学状況も垣間見ることができました。
例えば、17歳の女の子がいる2つの家庭では、彼女たちが3年や4年で学校を辞めた理由として、教師による体罰がひどく、学校に行きたくなくなったという話も出ました。(現在は、状況が改善され、ひどい体罰があれば、その教師は告発され処罰されます)

 

現在小学校に通う児童の親の世代は、内戦の時代で学校に通えなかった人も多く、教育の重要性を実感できないということもあるようです。また、経済的な理由だけではなく、マチスモ(男性優位主義)の影響、体罰、子ども自身が勉強が嫌いで通学しない、そして他の村のケースですが、出生登録がないために通学できない子どもいます。

地区全体としてみると、6年生までの教育で十分と考えている家庭、女の子は6年生まで行かせなくてもよいと考えている家庭、経済的に厳しくても、何とか中学に進学させたいと考えている家庭、子ども自身が働きながら資金を工面して中学や高校で勉強している家庭など、家庭によって教育についての考え方が異なる状況も見えてきました。

 

 
■上の写真の家族は子どもが9人、息子の家族を含めて15人の大所帯。

娘2人が3年生で、それぞれの将来の夢は教師と看護師。父親に話を聞いてみると、「息子たちは自分の稼ぎで中学校以上に通ったが、娘たちの中学進学費用は私が工面するつもりだよ」という返事でした。

プランは、収入増加、子どもの権利理解促進、虐待防止、教育の質改善、出生登録推進などのプロジェクトにより、住民たちが現状の課題を解決し、子どもたちが通学できる環境づくりを進めていきます。

■ おまけ : 子どもたちの将来の夢は?
サンタ・リタ村で聞いた子どもの声を紹介します。

【3年生】 


■「スペイン語が好き。将来は小学校の先生になりたいの」
 


■(左端の男の子)「6年生までは勉強する。将来の夢?まだ決めてないな」 


■(左端の女の子)「秘書か先生になりたいわ」


■(右端の男の子)「僕の将来の夢は、警察官だよ」

【6年生】


■「家の手伝いをするから中学校には行かない。将来は兄さんみたいに軍隊に入りたい」


■「中学にも進学して、将来は先生になりたい」

Hasta pronto! (またね!)


ボランティア・寄付ならプラン・ジャパン

2007/2/28

15時間マイナスのグアテマラから、こんにちは! (No.2)

Filed under: America中南米 — zzz @ 18:59

スポンサーシップ部  橘 祐子 

Hola!(こんにちは!)
 
私は2月14日から拠点を首都からエル・プログレッソ活動地域内にある5事務所の1つ、ハラパ事務所に移し、児童虐待防止ネットワーク(*注1) の関係機関・施設訪問や、学校・コミュニティにおける性教育(HIV/エイズ予防教育)の視察などをしています。
(*注1)プラン・ジャパンは『プラン・マンスリー・サポーター』による寄附金の一部を、児童虐待防止全国ネットワーク支援プロジェクトに活用しています。【詳細はこちらの報告書をごらんください

 

◆虐待を受けた子どもたち

プランの支援する児童虐待防止全国ネットワークのメンバーのNGOや教会が運営する、虐待被害にあった女の子のための保護施設を訪問する機会がありました。 そこは、あるNGOがプロテスタント系教会の寄附で運営しています。施設とは離れた場所に専用の学校があり、女の子たちは小学校1年から中学校1年までのクラスに分かれて教員の子ども数名をとともに勉強しています。写真の中の男の子たちは教員の子どもです。

       
■学校で歓迎の歌を披露する児童    ■ 蝶や花の衣装で歌と踊りを披露

NGO職員の説明によると、この施設に入居している女の子27人全員が、裁判所の判決により保護されてきて、約65%が性的虐待の被害者だそうです。歌や踊りの最中や教室の中でも、表情の硬い女の子が数名いたのが気になっていましたが、私が外国人というだけの理由ではなく、複雑な過去を抱えていることも大きな要因に思われました。

グアテマラでは身体的虐待のほか、性的虐待による被害が深刻と言われています。日本でも児童虐待は社会問題として認識されてきていますが、日本での虐待の傾向をご存知ですか?
(厚生労働省の平成17年度の調査報告によると、身体的虐待とネグレクト(育児放棄)がそれぞれ40%前後を占め、心理的虐待が約17%、性的虐待は約3%です。)

しかしながら、訪問中に見たものは、もちろん暗い面ばかりではありません。5年生の女の子は、自分たちを温かく迎え支援してくれている人々への感謝の辞を、堂々と自信を持って述べてくれました。教室でも笑顔で質問に答えてくれた女の子も複数います。

また、施設の方では「本当の家族のような理想的な環境をつくり、家族の温かさを感じられるように」という配慮のもと、両親のように彼女たちに接する夫婦1組が住み込んでいます。訪問したとき、幼少のため学校に行っていない3歳の女の子が“お母さん”といっしょに残っていました。多少の言語障害があるものの、私に一生懸命話しかけ、部屋の案内をし、いっしょに遊びたがってトランポリンへ連れて行かれました。

          
■いくつもの畑を通り過ぎて、ようやく到着した広大な敷地に立つ施設。(安全面、圧迫感を減らす目的もある

(彼女たちの権利保護のためにも、写真をウェブサイトに掲載することはできません。ご了承ください。)

このような部分も体験したことで、表情が硬かった女の子たちも、いつの日か緊張や警戒心が和らぎ、自然な笑顔が取り戻せるようになるだろう、という期待が持てました。
 

◆学校における性教育

プラン・グアテマラでは、HIV/エイズに関し、予防教育を含めた正しい知識の普及活動や、HIV/エイズとともに生きる人々の権利を守るための活動を実施しています。小学校4年から中学校1年までの学年別教材を用い、小学校で対象学年の児童たちに性教育およびHIV/エイズ予防教育を行うのも、この活動のひとつです。

ちょうど教材配布予定の学校があり、授業の様子を見せてもらうため、性教育・HIV/エイズ予防教育を担当するベッツィ職員とともに訪問しました。ハラパ事務所から車で土煙を上げて走ること1時間で、山間部のタルペタテス村の小学校に到着です。余りの眩しさと土埃に、サングラスなくしては眼も開けられません!


■出迎え代表の児童。空が青い!

この日は、5年生が10人中6人、6年生は13人中9人が出席。この時期は、この地域のコーヒー豆の収穫期ということもあり、家族の手伝いをするために毎日は学校に来られない児童もいます。

教師は事前に教師向け講習を別途受けているので、教室ではベッツィと2人で児童たちのグループワークをサポートします。5年生は、成長とともに現れるからだの変化を教材で学んだ後、ワークブックに復習で書き写したり、その変化は男の子/女の子特有のものか、両方に現れるものを色鉛筆で塗り分けていました。「これはどっち?」と児童から質問を受けましたが、単語の意味が分からなかった私は即答できず、辞書の助けを借りて、ようやくお役に立てました。ちなみに、質問は「喉仏が大きくなる」でした。

■ ベッツィから説明を聞いた後に、グループワークに入る5年生

6年生の教材は、短いお話の中に、成長とともに現れるからだの変化が散りばめられており、やがて訪れる変化に対して恐怖や誤解を取り除けるように工夫されています。ワークブックに生殖器の説明があり、それぞれの俗称ではなく正式名称を学びました。説明だけではなく、ゲーム感覚を取り入れた学習が行われています。実際に児童たちは仲間と競争して単語の穴埋めをしていました。

グループの1人が音読して読み聞かす
 

最後に6年生の一部に質問してみました。
私 : 「これまで、お父さん、お母さん、きょうだいと、今日の話にでてきたような体の変化の話をしたことがある?」
全員 : (首を横に振る)
私 : 「友だちとは? 私は、友だちと話すことは多かったけれど。」
全員 : 「ない・・・」(モジモジしている)
私 : 「でも、今日からは話せるかな?」
全員 : 「うん」(顔を見合わせてうなずく)

この学校は、まだ性教育の授業が始まったばかり。まだ児童たちにも恥ずかしさが残る部分が見られましたが、この日の授業を皮切りに彼らがどのように変わっていくのか、楽しみです。

  
◆おまけ: 2月20日はカーニバル(謝肉祭)!

この日は、学校の授業はなく、子ども向けのイベントが開催されていました。プランがイベントを経済面で支援することはなく、学校やコミュニティの人々が資金を出し合って行います。
カーニバルでは、卵の殻に「ピカピカ」(紙吹雪)を詰めた「カスカロン」というものを友だちの頭の上で叩いて割ったり、ピカピカだけを頭の上に降りかけたりするのがお決まり。私も、子どもたちのピカピカ攻撃にあい、やんちゃな男の子にはカスカロンをパンッ!と頭の上で割られました。結構痛かったです(笑)

「カーニバル、大好き!」「ピカピカがいっぱいで、きれいでしょ?」

 

Hasta pronto! (またね!)

 

ボランティア・寄付ならプラン・ジャパン

 

2007/2/19

ホンジュラスで出会った風景

Filed under: America中南米 — zzz @ 11:41

 開発教育担当 大谷 美保

今年1月、子どもたちによるWEBサイト立ち上げのワークショップに参加するために中米、ホンジュラスに出張してきました。
今回のワークショップでは、世界各地のプランから10代の子どもたちが参加しました。異なる国や土地の、異なる文化を持つ子どもたちが、共同作業することでお互いを理解しあうことのすばらしさを再認識できました。

参加したワークショップやプロジェクトの内容については、今後メールマガジンでご報告しますので、今日は印象に残ったシーンをご紹介したいと思います。

ワークショップに参加するために各地から集まった子どもたちは、最終日、近くのコパン遺跡と博物館を訪問しました。


■アメリカから参加した高校生のサングラスを借りて、ストリートミュージシャンの真似をして歌うホンジュラスの男の子。ほんの5日前に知り合ったばかりとは思えない、息の合った様子です。


■活動地域に住む家族を訪問。バケツの中身は、中米の主食、とうもろこしの粉からつくるトルティーヤの生地です。どの家庭でも、トルティーヤの生地を手作りして、手のひらサイズの円形に伸ばしてフライパンで焼きます


■訪問したこの家は、写真の部屋と台所の2部屋でした。寝室兼居間のこの部屋も、床には足の踏み場もないほどの袋詰めトウモロコシが置いてありました。ちなみに、テレビをもつことは、村人の憧れのひとつのようです。


■同じ家の側壁。トウモロコシが雨ざらしで庭に丘を成していました。窓の下に見える小さい黒い影は、犬の親子が仲良くお昼寝しているところです。

■ホンジュラスの町は、教会を中心に町が出来ており、どんな遠隔地の村でも、立派な教会が目を引きます。雰囲気のあるステキな建物ばかりで、ミサや礼拝の時間には、ここから賛美歌が響き渡ります。

 

■トラックにぎゅうぎゅう詰めで乗り込んでいるこの人たちは、コーヒー農園での仕事を終えて家に帰るところです。ちなみに、ホンジュラスの学校は、12月と1月がお休みなので、子どもたちはコーヒー収穫に駆り出されることも多く、時にはプランの子どもクラブの活動に支障が出ることもあるそうです。


■街を歩いていると、なにやらいい香りがしてきました。床一面に敷いてあるのはコーヒー豆で、天日乾燥させているところでした。機械を使わず、地道な天日干し作業がおいしいコーヒーを作り出すのですね。


■プランの子どもクラブによるラジオ番組の生放送直前の様子。地元のラジオ局のスタジオでのひとコマです。30分前に急遽、プログラムの一部が変更になったにも関わらず、「僕たちなら本番は大丈夫だよ!」と、子どもクラブのメンバーは自信たっぷり。

子どもにはそれぞれが持つ「小さなちから」があります。
ワークショップの1週間、子どもたちと寝食をともにし、子どもたちが主役となるプランの活動方法に、心に染み渡る元気をもらいました。
 


ボランティア・寄付ならプラン・ジャパン

 

2007/2/13

15時間マイナスのグアテマラから、こんにちは!

Filed under: America中南米 — zzz @ 17:32

スポンサーシップ部 橘 祐子

Hola!(こんにちは!)
私はスタッフ短期交換プログラムにより、2ヶ月の活動国滞在に向け、2月3日(土)に中米・グアテマラへ向けて旅立ちました。首都グアテマラ・シティへ到着したのは、現地時間の同日22時。飛行機の中に閉じ込められていた時間は、合計で約15時間・・・。アメリカでのトランジットの待ち時間は7時間と、ほぼ丸1日かかります!

2月5日から13日午前中までグアテマラ国統括事務所でオリエンテーションを中心に受けた後、活動地域に5週間ほど滞在予定です。今回はグアテマラ・シティでの生活を中心にお届けします。

 

「グアテマラは暑いところ」というイメージを抱いている方も多いのではないでしょうか? かく言う私も、日本から持っていった服は半袖が中心。ところが、湿度も低く過ごしやすいと言われるグアテマラ・シティは、現在の気温が15℃前後で、長袖の服を1枚羽織っていないと肌寒く感じることもしばしばです。長袖を2枚しか持っていかなかったことを後悔しつつ、おしゃれなプラン・グアテマラの同僚を尻目に、着た切りスズメを通しています。

40人ほどが勤務する国統括事務所は、10車線もある大通りに面した11階建てのビルの2フロアに拠点を構えています。

  
■ プラン・グアテマラ国統括事務所
【左】事務所の入っているビル
【右】歩行者天国となった休日の大通り。
「僕のほうが早いぞ!」と競争する子どもたち

 

 

先住民族のタペストリーが飾られた事務所の入り口の扉を開くと、受付のDelmyが温かく迎えてくれます。何時間もかけて活動地域から国統括事務所へやってくるスタッフにとっても、オアシス的な存在です。 

 

 
■ クイズ:事務所の入っているビルは、何階建て?
これは、事務所ビルのエレベーター・ホールでの1ショット。さて、事務所ビルは何階建てでしょうか?

答えは11階建てです。では、この数字はいったい何を表しているのでしょう?
実は、上のデジタル表示は「53階」ではなく、「地下3階」を意味しています。スペイン語で地下は「sótano」といい、数字の5に見える部分はアルファベットのSだったのです! 私も最初に見たとき、「こんな高層ビルだった?」と驚いて同僚に確認してしまいました。

 
■ おまけ : トイレ事情
これは滞在ホテルのトイレ。右下にゴミ箱があるのがわかりますか?
ラテン・アメリカの多くの国では、トイレで用を足した後のペーパーは、脇においてあるゴミ箱へ捨てることになっています。下水管が細く、水圧も高くないため、紙が詰まるのを避けるためといわれています。

私は、このトイレ事情を知っていました。
が、やはり習慣とは恐ろしいものです。到着して数日間は、脇のゴミ箱の存在をすっかり忘れ、「ハッ!(・・・またやってしまった・・・詰まりませんように・・)」という願いとともにレバーを下げていました。
さすがにもう慣れてきましたので、ご安心を。

次回は、活動地域から、コミュニティの人々の声や姿をお届けする予定です。
Hasta pronto! (またね!)


ボランティア・寄付ならプラン・ジャパン

2006/12/7

パラグアイ出張記

Filed under: America中南米 — zzz @ 12:03

スポンサーシップ部 中南米地域担当 武川ひとみ 

南米・パラグアイ。皆さんはどこにあるかご存知でしょうか?

ブラジル、アルゼンチン、ボリビアにはさまれた内陸の国です。
それにしても、パラグアイの遠いこと!国際便を二回乗り継ぎ、待ち時間を入れると計35時間ほどのフライト。「つ・・・着いた・・!」

 
■ようやく機内から見えたパラグアイの風景は、
 緑が目にしみるような美しさ

■首都アスンシオンの国統括事務所にて。

広い事務所内を担当者に案内してもらいながら、たくさんのスタッフがすれ違います。「Hola!(こんにちは!)」ハグして両頬にキスという素敵なあいさつ。その後パラグアイを発つまで、数え切れないくらいの人たちとこのあいさつを交わしました。 
 各国から届いている、チャイルドあての手紙やギフトの山を発見。手に取ると、一つ一つに、スポンサーの方の温かい気持ちがこめられているのが伝わってきます。日本のスポンサーの方からのお手紙も発見!普段、東京のプラン・ジャパンから送り出している立場ですが、こんな遠くにもちゃんと届いているんだ、と(当然なのですが)うれしくなります。

 
■左) 日本からもちゃんと届いていますよ! とプラン・パラグアイのスタッフ
■右) 一人ひとりのチャイルド用のファイルがあり、写真もきちんと保管


■「一年の歩み」(チャイルドの成長記録)を作成するスタッフ

日にちは変わって、今日は実際にプランの活動が行われている活動地へ向かいます。集合は朝6時半。スタッフとバンに乗り込んで、さあ出発!

 
■ AM6:30 出発

調子が良かったのはほんの数十分。次第に道路がガタガタになってきます。ドスンドスン、おおーー、体が浮き上がる。小雨のため道はぬかるんでいて、スタッフは目的地にきちんとたどり着けるか心配気味。普段、この道をボランティアの人たちはバイクで手紙を運んでくれるのか。おおげさでなく命がけに思えます。

実際に道中、完全にひっくりかえっているトラックとすれ違ってビックリ。翌日にも、対向車と正面衝突してフロントガラスが粉々のバスや道中にあふれる乗客たちに遭遇し、恐ろしくなりました。それでもスタッフは車を走らせる。メーターは・・、130キロです!

 
■左)この道を、車とバスとバイク、牛や馬が行き交います
■右)気づけばカンカン照り。泥道の次はすさまじい土ぼこり

よーし、なんとか無事着いた!最初の視察地は学校。すでに子どもたちが待ち構えています。
どこの学校でも大変な歓迎を受けました。

  
■日本人に興味津々の女の子たちと、シャイな男の子たち

ある学校を去るときのこと。たくさんの子どもたちに囲まれていたのですが、その中でそっと私の手を握る小さな手がありました。黙ったまま見つめる女の子の小さな瞳。日本の人にさわってみたかったのかな?現地語ができない私は、微笑んで手を握りかえすことしかできませんでしたが、そのやわらかな小さなぬくもりは、今もこの手に残っています。


■教室で、スポンサーへのお手紙を書いていた男の子。
 「たくさんの愛をこめて」

  
■左)チャイルドの家の井戸にて。「よいしょっ!」
■右)井戸から引き上げていたのは、このお水。すごい重さ!

視察中、たくさんのコミュニティボランティアの方にも会いました。共通していたのは、自分たちのコミュニティのために何かしたい、何かできるのがうれしい、という意見。仕事の話をしているときはとても真剣。

でも最後にこちらから「何か質問は?」と聞くと、まず「何歳だ?」みんなどっとわきます。さっきまでとはまるで別人。お次は「結婚しているのか?」また歓声。実はこれ、訪れる先々で、なぜか絶対に聞かれる質問ベスト2でした。
(私はいいから、誰かプラン・ジャパンのこと聞いて・・!)
私の思惑をよそに、彼らは私の話題で盛り上がり続けるのでした・・(苦笑)。


■若いボランティアのグループ。
 将来の夢は、教師、看護師、弁護士・・。
 プランの活動に関わる中で多くを学んでいるとのこと。プランはこうした若者の力を活用しています。


■ここで集まってくれたボランティアはほとんどが学校の先生。
真剣な顔つきですが、このあと折り紙に挑戦して大騒ぎに。

最後に、「Sounds of the Earth」プロジェクト(音楽による、子ども参加を進めるプロジェクト)を視察。
大きな木の下で、子どもたちが心をこめて小さなコンサートを開いてくれました。


■木漏れ日の中響く、アルパ(パラグアイのハープ)の繊細な美しい音色。
想像もしていなかったその美しさに、胸が震えるようでした。


■PM8:00 長い一日の終わり。車中から見る美しい夕焼けにしばし言葉を失う。

 

最後に:
パラグアイで出会った多くのボランティア、ファシリテーター、スタッフそしてコミュニティの人々。それぞれの言葉や表情に、熱い思いをひしひしと感じました。私が今回会うことができたのは、プランの活動に関わるほんの一握りの人々にすぎませんが、活動地を歩きながら、記録にも残らないであろう、たくさんの人々の長年の地道な努力があって始めて、プランの活動が成り立っているのだと実感しました。それぞれが、それぞれの場所でベストを尽くす。その積み重ねがプランを創りあげ、これからも創っていくのでしょう。そして、私たちの活動の大切な一員である、支援者の皆さん一人ひとりに、皆さんのご支援がこうして豊かに実を結んでいる、ということを伝えていかなければと思いを新たにしました。

 

おまけ:

 
■パラグアイスタッフのお気に入りピンナップ集


■ チャオ(バイバイ)!!

 


ボランティア・寄付ならプラン・ジャパン

Next Page »

@@@@@@@@@@@@

Copyright © plan-japan All rights reserved.