2010/3/24

エジプトでの会議とプロジェクト視察

Filed under: Africaアフリカ — zzz @ 15:08

専務理事 事務局長 鶴見和雄

プラン・ジャパンは国際NGOプランの一員として、プラン全体の活動方針を定める国際総会を始め、数々の国際会議に参加しています。少人数での話し合いの多くは電話会議で行っていますが、今回は年1回開催されている、支援国の事務局長会合についてご紹介します。

会合はエジプトのカイロで開催され、新たに支援国になった香港、インド、コロンビアの3カ国が加わり、計20カ国の事務局長が参加しました。議題は、ハイチ緊急・復興支援、企業との連携、ミレニアム開発目標(MDGs)の推進、Because I am a Girlキャンペーンなど、多岐にわたります。


■ 国際本部CEOと支援国事務局長の代表者による会合
(日本はアジア地区の代表として参加)

今回は東南アフリカ地域11カ国の国統括事務所長との合同会議もあわせて開催しました。「アフリカ」と一言で言っても、個々の国の文化や抱える問題は異なりますが、プランは地域全体で4つの優先課題を中心に取り組んでいます。今回の合同会議では、これらの課題の進捗状況を確認し、今後の支援国と活動国の連携のあり方なども話し合いました。

<アフリカの優先課題>
・マラリアやHIVの感染予防と、その影響を受ける家族や子どもたちの支援
・水と食糧の確保
・教育
・女性と子どもの権利の保護と啓発

また、活動国で開催される会議では、なるべくプロジェクト視察も盛り込み、現地の活動状況を自分たちの目で見て、住民や子どもたちと話をするようにしています。プランは、エジプトでは7地域で活動していますが、今回はカイロサウス地域のコミュニティを訪れました。

 

訪問したコミュニティは、カイロ郊外の丘陵地帯にあり、約60メートルの岩肌が露わなスラム地域です。人口は約10万人で、一世帯あたり5人が平均的な家族構成。一世帯あたりの月額所得は300エジプト・ポンド(約5,100円)と、この地域での家族の生活を支えられる金額ではありません。

ほとんどの住民は他地域から移り住んできており、背景となる文化や慣習が異なるため、生活様式もさまざまです。主な産業は、木工家具やカーペットの製造、真鍮や大理石を使った工芸品や建材加工などで、貧困と労働力不足のために、多くの子どもたちが安全とは言えない環境で働かされています。

 

学校には校内暴力が多く、狭い教室内には子どもたちが詰め込まれ、中途退学率もとても高い状況です。家庭に目を向けても、女性や女の子への虐待が深刻で、FGM(女性性器切除)や早すぎる結婚などの慣習も残っています。

また、社会インフラの整備から取り残されており、慢性的な水不足と汚染された水源に悩まされています。下水道設備やゴミ回収システムも整っていないため、道路には下水が溢れ、腐敗したゴミ山にマラリア蚊が集まり、住民の健康状態を悪化させています。病院や保健機関も少なく、高額な医療費を負担できない現実が、人々をこれらの医療サービスから遠ざけています。

プランは、このように課題の多い地域で、それぞれのコミュニティの住民とともに、地域を取り巻く問題に取り組んできました。現在進行中のプロジェクトを一部ご紹介します。

1. 障がい児プログラム(地域に根ざしたリハビリテーション)
 

エジプトの全人口の約10%が障がいを持っており、5%が社会サービスを受けられず、差別の対象となって苦しんでいます。本人ももちろん、その家族も阻害され、生きる気力と手段をなくしていることが少なくありません。プランの調査によると、今回訪問したコミュニティでは約250人の子どもたちが障がいを持っており、そのうちの3割が身体的障がい、7割が知的障がいでした。

今回は約30人の障がい児が5教科を学んでいるセンターを訪問し、子どもたちとその母親グループに会いました。16歳の息子をセンターに通わせている母親のソードさん(49歳)は、「以前は障がいを持つ息子を世間から隠し、私も社会との接点を避けて生きていました。この子がセンターに通って字を書けるようになり、表情も豊かになったことで、一輪の光が見えてきた気がします」と、話してくれました。センターでは、母親を対象とする講座も行われています。

2. 小規模金融プログラム
  

生計の安定は、貧困の解消はもちろん、子どもの教育や健康にも欠かすことができません。しかし、銀行や金融業者は、低所得者にお金を貸すことに二の足を踏み、貸したとしても高額な利子を課します。そこでプランは、小規模金融プログラムで、住民を組織化し、預託資金の管理や融資返済を連帯責任で担うグループを育成しています。

プランが組織化したのは、エジプト全土で約460グループ。約5,000人が参加しており、その8割は女性です。訪問先のコミュニティでは、最初は小口貸付からスタートし、実績を積み重ねた上で、一回の上限1,000エジプト・ポンド(約17,000円)までの融資を行っています。返済期間は3カ月後です。

グループに参加しているアブトさん(女性)は、「主人はタクシー運転手ですが、収入は安定していません。グループに入り融資を受けて、プラスチック用品を売る小物屋を経営することができるようになりました。売り上げの一部を返済にあて、同時に長女の結婚資金を貯めています」と、意気揚々と話してくれました。

3. ストリート・チルドレン・プログラム
  

地方と都市部の経済格差から、都市部への大量の人口流入が留まることなく続き、アンバランスな都市化を進めています。カイロでも、都市部に移り住んできた人々の劣悪な生活環境に加えて、両親の離婚や家庭の崩壊、家庭内での子どもの虐待、教育機会の喪失など、ストリート・チルドレンを生み出す土壌はいくらでもあります。

プランは約20年前から、この土地のストリート・チルドレンの支援を行ってきました。その目的は彼らが生まれたコミュニティに戻って生活改善を行うだけではなく、子どもたちが将来的にしっかりと自活し、生きていく術を身につけさせることにあります。

今回訪問したデイケアセンターには、約50人のストリート・チルドレンが通っていますが、宿泊設備は併設されていません。通っているのは主に8~15歳の子どもたちで、その6割が女の子です。センターでは、絵画やジュエリー製作などを学べるほか、アラビア語などの語学講座もあります。昼にはランチが支給され、その日のメニューは、バーベキューチキンとエジプトパンでした。

 

ジュエリー製作の指導を受けている15歳の少女は、「センターが開く9時から16時の間は、いつもセンターで過ごしています。ストリート・チルドレンになったのは、両親の離婚と母の再婚相手による家庭内暴力が原因です。今はジュエリー製作を学び、一日でも早く今の生活から抜け出したいです。元の家族のもとに戻る気持ちはありません」と、語りました。

16時にセンターが閉まると、街に出て路上で小物を売っているという少女。そして疲れるとそのまま路上で眠り、翌朝9時にまたセンターに来る生活を送っています。プランの活動を通して自信をとり戻し、いつか家族とともに生活できる日が来ることを祈りながら、このセンターを後にしました。

エジプトでは、ほかにも9つのプログラムがあり、そのすべてが「子どもとともに進める地域開発」の活動方針に基づき、実施されています。今回は詳しく紹介しませんが、ほかのプログラムには、「子どもと青少年の能力開発」、「児童労働の廃止」、「就学前教育の普及」、「子どもの保護」などがあります。

アフリカの貧困は根深く、多くの課題が山積しています。それでも今回出会った子どもたちの活力は、いずれコミュニティを、そして社会を動かす大きなエネルギーとなることでしょう。今回訪れたエジプトに、アフリカの将来と可能性を見た気がします。

※関連記事:「ストリート・チルドレンの声 ~エジプト」

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2009/12/8

働き者の小さなスーパーモデルたち

Filed under: Africaアフリカ — zzz @ 16:22

コミュニケーション部 久保田恭代

泥でできたモスクの世界遺産が有名な西アフリカの国、マリ。
雑誌CREAの取材アテンドのため、出張してきました。直木賞作家の角田光代さんが、この国でプランが行っている「女性性器切除廃止プロジェクト」をご取材くださったのです! 詳しくは、現在発売中のCREA(文藝春秋)をぜひご覧ください!

このコーナーでは、取材の合間に見聞きしたマリの小話をいくつかお届けします。

まずこちらの写真は、一生懸命に井戸から水を汲む少女たち。見事なチームワークで、水がたっぷり入った重たいタンクにつながれたロープを代わる代わる引っぱり、あっという間にタンクを引き上げてしまいました。

覗くと足がすくみそうなくらい深い深い井戸。
水面までは、ビル3階分くらいの高低差!?

そして、水が浪波と入ったタンクやバケツを頭にのせて、家に。水汲みは女の子の毎日の仕事なのですが、スッと背筋を伸ばして誇らしげに歩く姿が頼もしいです。主食の雑穀類の脱穀作業もお手の物。子どもも家での作業をきっちり分担されており、それが家庭や地域の構成員としての自信につながっているような気がしました。
  

それにしても、どの少女たちも本当に細くて、スラリとしているのです。「モデルになれるよー」と勧誘したくなるスレンダーで美しい少女たちたちばかり。そんな、自分の美貌を鼻にかけることなく(というか気づいていない)、よく働く彼女たちに脱帽です。

さて、冒頭にも記しましたが、マリは泥の建物が有名。世界遺産でなくとも、普通の村々の泥でできた建築物がハッとするほどかっこよかったりします。壁に飾られた木彫りの人形は、魔除け。ヘビ(ワニ?)は、雨どいらしいです。
  

とんがり屋根の建物は、納屋。食料や薬を備蓄しておくためのものです。覗いたら、日本の納戸のように、ちょっとしっとりした香りがしました。

マリのロバたちは本当によく働きます! 荷物を運んだり、人を乗せたり。マリの農村地帯には欠かせない存在です。

村にあるホテル(というか民宿。ソーラーパネルで何とか発電、水道はナシ、トイレはもちろん水洗じゃない)で出されたランチ。

トマトソースのパスタでした。マリではトマトソースが人気です。乾燥地帯のため、野菜は玉ねぎくらいしか栽培されていなかったそう。最近はプランのパートナー団体の栄養知識普及プロジェクトのおかげで、トマトやナスなどが栽培されるようになったとか。

「世界で4番目に貧しい」と言われるマリ。
なかでもプランの活動地域はもちろん貧しいのですが、啓発活動のおかげで教室に女の子が増えたという話を聞いたり、村のCBO(住民組織)が活発に発言する姿を見たりする度に、「この村の未来は明るい!」と確信しました。

 

2009/10/14

西アフリカ、セネガルから

Filed under: Africaアフリカ — zzz @ 19:24

プログラム部 栂野久登

入局して7ヶ月目の私は、今後の支援の可能性を探るため、西アフリカのセネガルを訪れました。訪問先は首都ダカールから車で3時間、キャッサバやサトウキビ畑が広がるティエス活動地域です。プランは1985年にこの地域での活動を開始し、現在は6,000人以上の子どもたちが各国のスポンサーと交流しています。


■ティエス活動地域の事務所にて。現地スタッフとともに

まず訪問したのは、小学校。ここでは、プランの支援で学校が建設される前まで、簡易教室しかありませんでした。現在は12教室が完成し、児童数は3年前の約2倍に。児童569人(うち女の子は322人)が通っています。小学校では仏語と算数が必修教科で、今年は卒業試験合格率90%を目指しています。学校には図書室がありますが、本棚の8割は空っぽ。児童も教師も口々に「本がほしい」とのことでした。

 
■セネガルの子どもたち

次に訪問したのは、診療所です。医師と看護師、薬剤師がそれぞれ1人ずつ勤務するこの診療所が担当する地域は60村。住民数では、約1万人となります。この診療所によって多くの人の健康と命が守られているのは事実ですが、一方で、救急患者の搬送車がない、電力不足で保管できるワクチン量が少ないなど、課題も山積しています。

 
■医師や看護師は強い使命感をもってこの土地で働いている

次は、地元の銀行と協力して推進する小規模金融です。ムハマド・ユヌス氏がノーベル平和賞を受賞したことでよく知られる小規模金融は、貧困層の収入向上に高い効果があるとして、プランも各国で実施しています。特に重視しているのが、女性の参加。ここでも、女性を中心とするグループを組織して、資金運用などのトレーニングを実施しています。さらに、地元の銀行に預金をすると金利5~6%の優遇を受けられるなど、女性の経済力強化につながっています。

 
■女性の収入向上は子どもたちの教育や健康状態の改善に直結

セネガルでは、9月に降り続いた大雨により大規模な洪水が発生し、プランは緊急支援を行っています。もともと衛生面で課題が多い地域で、人々の健康はさらに脅かされています。日本ではほとんど報道されることのない西アフリカの洪水ですが、ぜひ、この緊急・復興支援にご協力をお願いいたします。

※西アフリカの洪水について、詳しくはこちら
※クレジットカードでのご寄付はこちら

2009/4/23

学生が見た!参加した!ケニアのワークキャンプ

Filed under: Africaアフリカ — zzz @ 19:18

ケニア・ワークキャンプ参加者

◆1日目
今日は、ビジャナ・ブースト・プロジェクトの活動を視察。今回の視察先は、失業者にトレーニングを通して仕事の機会を提供する青年グループでした。植林、養蜂、茶畑の仕事をしている人々に話を聞き、苗床作りやお茶の葉摘みを体験しました。

これらは高度な技術も機械も必要としませんが、限られた人にしかできません。なぜなら、失業者は資金がないために、新しい仕事を始められないからです。一つ一つのビジネスにおけるビジャナ・ブースト・プロジェクトの支援規模は小さくても、この支援が人々の自立を支えています。それは彼らにとって大きな前進なのだと思います。(まさや)


炎天下での苗床作り(写真提供:まさや)

◆2日目
スラムの近くの小さな池で、「以前はあそこまで水位があったんだよ」と、青年グループの一人が遠くの建物を指差します。家の壁についた跡は確かにかつての池の大きさを物語っていました。この池がマラリアの温床になっていたため、政府の支援で水を抜き取ったのだそうです。

命を奪う原虫のゆりかごが、こんな身近に横たわっているという恐怖。予防することも知らずに、知っていても何もできずに、日々を送っている人は数えきれないほど存在します。日本ではありえない状況に、想像力がついていきません。(まり)

池のあまりの汚さに衝撃を受けていた私たちのそばで、小学校高学年ぐらいの少年がバケツに水を汲み始めました。その水を何に使うのか聞きたいけれど、言葉が出ません。「飲み水」という答えが返ってくることが怖かったのです。「その水は危険だよ」と伝えたところで、代わりに安全な水を確保することができないのであれば、一体何が変わるのでしょう。そんなことを考えて、私はただ少年たちを見守るしかできませんでした。(りえ)


水位の減った池と大量のゴミ(写真提供:まり)

◆3日目
ついにこの日がやってきました。出発前からアイデアを出し合い、準備を重ねてきた「日本紹介」の日です。ケニアの子どもたちは、どんな顔で見てくれるのでしょう。私たちの出し物は、日本に住む一般的な小学生の一日を描いた「ハナのある一日」と称した寸劇。日本の食生活やお風呂などの生活習慣、歌やソーラン節を盛り込みました。

思っていた以上に寸劇は成功。何といってもソーラン節は盛り上がり、子どもたちからは大きな拍手が沸き起こり、毎晩、筋肉痛になりながらもみんなで練習した甲斐があったと思いました。

そして、日常の授業風景も見学しました。子どもたちからの質問は、「日本では宗教を信仰しないらしいけれど、どうやって自分たちをコントロールしているのですか」、「日本では、どのようなHIV対策をしていますか」など。回答が難しかったです。彼らのまなざしを見て、自分が小学生だった頃、こんなにも学ぶことに真剣になっていただろうかと、過去の自分を振り返りました。(メギィ)


16人全員でソーラン節を披露(写真提供:メギィ)
 
◆4日目
今日も、青年グループの一つを訪問。ここでは様々な食物を栽培しています。トマトの味のするパッションフルーツから主食のメイズまで、日本では見られないようなものばかりでした。このグループが行っている事業は3つ。1)農業、2)農作物を近くの障がい者・孤児の学校に届ける活動、3)演劇でした。

グループが農園のために使用している敷地一帯は、少し前まで一面ミラという麻薬(合法)の木ばかりだったそうです。その事実を忘れないため、一本だけミラの木を残しているとか。彼らは優秀な実績を残している若者グループとして表彰され、副賞としてもらった布地でグループのユニフォームを作っていました。(あい)


表彰のトロフィーと副賞の布地で作ったユニフォーム(写真提供:あい)

有名人の気分になるほど、多くの子どもたちに囲まれて握手を迫られました。人との触れ合いを喜ぶケニアの子どもたちの様子を、塾通いやゲームに忙しい日本の小学生に見せてあげたい。それにしても、どこに行っても、誰もがダンスと歌を披露してくれます。

今夜こそは早く寝ようと思って寮に帰ると、夕食後に滞在先の学生による踊りの披露。お返しに、ソーラン節を披露しました。日本の踊りは統一美を大事にするけれど、ケニアはとにかく本人が楽しんでリズムがとれればいいというスタンスのように思います。

深夜2時過ぎになっても、まだ隣の部屋から歌う声が聞こえます。底知れぬケニア人パワーに驚くと同時に、彼らの国民性が少しつかめてきた気がした1日でした。(ひじり)


寮で寝食をともにした若者たち。毎夜、歌と踊りが絶えない

◆5日目
大きなイベントも終わって、ちょっと気持ちにゆとりが出始めた頃。午前中はフリータイムだったので、みんなで教会の礼拝へ。礼拝で、いきなりみんなで歌って踊りまくる。日本とは違うなぁ…生きていることや神様に対する感謝を、体全部を使って表しているという感じでした。

午後は学校を訪問し、JICAの青年海外協力隊の方をはじめ、ケニアで暮らす日本人の方々からお話を聞きました。ケニアでは学校の成績がそのまま就職に影響するため、学生の多くは寝る間も惜しんで勉強するそうです。努力の成果としての成績が認められるのは、悪いこととはいえないかもしれない。でも、いろいろな事情で思うように勉強ができない子どももいるだろうし…納得できないものはあるなぁ…。(かなえ)


教会の礼拝に参加
 
◆6日目
早朝6時にサファリへ出発。超能力的に遠くまで見渡せるケニア人の目のおかげで、午前中は様々な動物を目にする事ができました。ゾウ、キリン、シマウマ、バッファロー、孔雀、サル・・・中でも大好きなインパラの走る様子が見ることができて感動。雄大なアフリカ大陸にいることを心から実感しました。

今回のワークキャンプを通して、体験することで初めて知識は意味を持つのだろうなと思いました。「開発対象」「途上国」「アフリカ」と一括りに認識しがちですが、個性ある部族や言語があり、土地の習慣や匂いがあります。それ以上に、そこに暮らす一人一人に名前があり、人生があります。

ケニアで出会った人々の名前を覚え、語り合い、笑いあう。かけがえの無い仲間をもつことができたワークキャンプを思い返しながら、すっかり慣れたデコボコ道を心地よい揺れとともに車は走ります。徐々に山岳地帯の風景へと変わり、恋しいキガリカレッジ(滞在していた寮)へと到着しました。(さき)


車の気配を感じるとじっとこちらを見つめる動物たち(写真提供:さき)

◆7日目
今日はワークキャンプの最終日。朝食後、チャイを飲んでいると、ケニアの若者リーダーであるジェームスがスピーチを始めました。私たちは感謝を込めて、前夜に大急ぎで(ほぼ徹夜で)書いた色紙をメンバーひとりひとりに手渡しました。みんなで泣いて「ありがとう」を言い、笑って「さようなら」を言いました。そこには国境も、文化・言語の壁もなく、人のつながりだけがありました。

ワークキャンプを行ったエンブ地域を去り、ナイロビで見上げた夜空では、東京のように星が少ししか見えません。エンブで見た星満開の夜空を、いつかまた見に行きたいと思いました。(りえ)


別れを惜しみながら・・・

※学生たちによる報告会を開催します!(2009年5月)
詳しくはこちら


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2008/9/19

西アフリカ・シエラレオネから奇跡の生還!

Filed under: Africaアフリカ — zzz @ 18:08

コミュニケーション部 久保田恭代

プロジェクトのモニタリングや評価を行うため、世界中を飛び回っているプログラム部の大重職員。今年はこれまでに3回ほど出張していますが、そのうちの一つである西アフリカのシエラレオネの話をご紹介します。

シエラレオネと言えば、レオナルド・ディカプリオ主演の「ブラッド・ダイヤモンド」の舞台となった国。1991年から2002年まで激しい内戦が続き、そのトラウマ(心の傷)は今も子どもたちの心に残っています。

大重が担当するプラン・マンスリー・サポーターの「教育復興プロジェクト」では、破壊された学校を再建しつつ、子どもたちのトラウマケアや平和教育などを行っています。ちょっとしたもめ事も、暴力ではなく話し合いで解決する方法を伝えるなど、「平和の担い手」を育てていくのです。

今回の出張で、現地の子どもたちの教育環境が大きく改善されたことを確認。別の地域でも同様のプロジェクトを実施するため、関係者と打ち合わせを行いました。

 
■シエラレオネで出会った子どもたち

ところが!すべての任務を無事終えて、帰国の途に着こうとした大重を不慮の出来事が襲いました!

帰国便は夜中の2時発。しかも、シエラレオネの首都、フリータウンの空港は海岸からボートに乗らないと辿り着けません。そこで、夜9時発のホバークラフトのチケット(50ドル)を購入し、現地の職員と夕食をすませた大重。9時少し前に乗り場に行ったところ、「最終便は8時で、もう出てしまった」と言われたのです。

「ここには9時って書いてある!!」と興奮してチケットを見せても「私は知らない」と、取りつくシマのないボート乗り場の従業員。他にも同様に取り残されたビジネスマンらしき欧米人が数人います。皆で交渉し、8時に出発したホバークラフトが港に戻ってきたら、もう一度、便を出してもらうことになりました。

ホッと胸をなでおろしたのも束の間、戻ってきたホバークラフトは港に着くなり空気を抜き始めたのです! 「待って!空気抜かないで!」と必死にすがる大重を尻目に、船長は「もう一便出せなんて聞いていない。それに嵐が来て海が荒れ始めているから、どのみち出航は無理」と冷たい言葉。

そのとき、狼狽する大重たちに近寄ってきたのは、地元の漁師さんたちでした。
「よかったら、こっちの船で送るよ」。
「船?」と見やると、そこにはボロボロの漁船が。しかも海は荒れています。さらに船賃はなんと80ドル!

ここでイチかバチの賭けに出て、この大陸を後にするか。もしくは、2日後の飛行機を待つか……。
大重は賭けに出ました。
漁船は激しく揺れ、海上では稲妻が光り、大重は「こんなに遠い異国で海の藻屑と消えるのか」と本気で覚悟をしたと言います。

「スーツが少しでも濡れたら金は払わないからな!」と叫ぶアメリカ人ビジネスマンを、漁師の息子らしき男の子がビニールシートで水しぶきから守っていますが、大重には知らん顔。生きた心地もせずに、波間に翻弄されること約1時間。この間、モーターにビニール袋がからまって、海上で停止すること3回。
漁船はやっとビーチに辿り着きました。

この交通手段は違法のため、正規の港には入れません。そこで、ビーチから重たいスーツケースを引きずって道なき道を行くことさらに約30分。無事、空港に到着したのは夜中の1時。
大重は、大冒険の末、やっと機上の人となれたのでした。

「ブラッド・ダイヤモンド」で、レオナルド・ディカプリオのセリフに「TIA」というものがあります。「This Is Africa」の頭文字。「これがアフリカさ」という意味ですが、まさに「TIA」な体験でした。


■かつての出張先ベナンで、ヘビとともに記念撮影

※この出張のプロジェクト報告は、10月中旬に支援者の皆さまにお送りするプラン・ニュース79号にてご紹介します。どうぞご期待ください!


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2008/7/22

来日していたケニアのジェームズからのメッセージ

Filed under: Africaアフリカ, 事務局より — zzz @ 17:52

ケニア・エンブ活動地域 ジェームズ ムリウキ

エンブ青年開発促進チームを代表して、今回日本を訪問できたことに心からの感謝をお伝えしたいと思います。日本についての印象はと聞かれれば「日本は尊敬すべき紳士と淑女の国」と答えるでしょう。

日本では、自分の弟や息子の面倒を見るかのように皆さんが良くしてくださいました。そのご親切、寛大さ、理解度、積極性、犠牲、歓待は忘れることができません。皆さんがケニアにいらっしゃることがあれば心から歓迎します。特に、昭和女子大学と東京大学の学生さんにはとても感謝しています。

日本に来ることに不安はありませんでしたが、黒人と言われたり、皮膚をつねられたりしないかと恐れはありました。ところが、自国を離れていると感じることすらなく、人々の熱意と魅力に圧倒されました。滞在中にいただいた食事は、新しい発見の連続でとても楽しむことができました。翻訳ボランティアやスポンサーの皆さんの熱心な活動は刺激的でしたし、76歳の翻訳ボランティアの方にお会いした時には、私も76歳まで生きることができたら翻訳ボランティアをしたいと決意したほどです。

ビジャナ・ブーストプロジェクトは私たちの力を引き出し、社会で正当な役割を担う手助けをしてくれています。私たちの内にある人的・物的資源を考え直すと同時に、活動に必要な技術と正しい態度の習得こそ、皆さんが支援してくださっているこのプロジェクトの成果です。ですから、私は青年たちを代表して断言します。私たちはこの活動の最善を尽くし、可能な限り上を目指します。後戻りはしません。

滞在した期間はスケジュールがぎっしり詰まっていましたが、後悔はありません。なぜなら、滞在中のさまざまな機会を利用して、私たち青年が獲得したものを力強く日本の皆さんに伝えることができたからです。日本とケニア、それぞれの社会でより責任感の強い青年層の育成を通じて、私たちがこれからも協働していけることを願っています。

ジェームズ ムリウキ


■学生交流キャンプに参加した青年2人とジェームズ

■日本食にチャレンジするプラン・ケニアのスタッフ、マーシー


■市民サミット終了後の記念写真(2列目左端がジェームズ)


■箸を使いこなすジェームズ。Tシャツには「VIJANA BOOST PROJECT」

I take this opportunity to express my great appreciation to the plan Japan office on behalf of the Embu District Youth Development Initiative. Asked to give a brief and conclusive statement in reference to Japan, I would say; “We honour Japan as a gentleman”.

You were our real sisters as well as mothers. Such tender care is what is offered to a small child by her parents. Your kindness, generosity, appreciation, commitment, sacrifices, and the ever warm reception is still in our thoughts. Given the ability I would host all of you in my place. To be specific a bit, the sacrifice accorded by the university students both from Showa and Tokyo was so great.

I do not wish to confess my anxiety to get to Japan but I will confess my fear towards being referred to as a black African and people wishing to pinch my skin to feel the hard skin. To date I have not felt like I was away from home because we were received with a lot of glamour not to mention the commitment exhibited. I enjoyed the restaurants visited and the meals served as a way of making new discoveries. The great enthusiasm exhibited by the translators as well as the sponsors was so thrilling. We felt challenged and I must say I would wish to be a translator when I get 76 if I will ever.

The Vijana boost project has assisted us to unleash the full potential that is in us and fully take up our rightful places in the society. You have assisted us to adapt, restructure and ensure that we have acquired the right attitudes and skills to sustain development as well as rethinking of our human and material resources. I therefore wish to affirm on behalf of the youth that we shall move higher and reach to the highest heights and that there is no turning back.

We had a tight schedule but there are no regrets to all that. It was to assert the authority that the youth have acquired. I look forward to further collaboration as we nurture a more responsible youth in our respective societies.

James Muriuki

 


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2008/7/16

ケニア青年と日本の大学生

Filed under: Africaアフリカ, 事務局より — zzz @ 15:01

事務局長室 大谷美保

6月下旬から2週間、ケニアの青年2名とスタッフが来日しました。目的はプラン・ジャパンの25周年記念で支援をしているケニアの「ビジャナ・ブーストプロジェクト」の活動報告です。

彼らは、プランの支援で立ち上がったこのプロジェクトをボランティアで実施・運営するメンバーのうちの2名です。6月29日に横浜で開催されたイベントでは、約200名の来場者に対し、「自分たちの」プロジェクトとして力強く報告し、強い印象を残しました。

この来日を活かし、札幌で開かれた市民サミットや学校への出張授業など、あちこちをめまぐるしく訪問しました。その中でも、今日は東京・代々木で開催された日本の大学生との交流キャンプの時のことを紹介いたします。

ケニアの青年たちに日本の同世代の若者とも交流してもらいたいという今回の企画。
WEBで参加者募集をしたところ、あっという間に20名の定員がいっぱいになりました。

場所は東京、代々木のオリンピックセンター。一日目の午後は、ケニアの青年からのプロジェクト概要の説明と、日本の学生から問題意識の共有。携帯電話への依存、社会への低い関心、人とのつながりなど、ケニアの2人と日本の大学生たちは、出会って2~3時間の間に、真剣なディスカッションを重ねました。


■ディスカッションの様子

夕食をはさんで、ケニアの青年、ジェームズによるワークショップがはじまりました。
「ビジャナ・ブーストプロジェクト(青少年応援プロジェクト)」を運営する50の青年グループを代表するリーダーであり、仲間へのトレーニングを日々実践している27歳の彼にとって、場所は変われどもワークショップの進行はお手のもの!場を和ませる独特の雰囲気と彼のユーモアに、いつの間にか参加者も引き込まれていきました。

日本の青年たちによる参加・取り組みにおいて、「誇れるところ」と「残念なところ」をグループごとに発表しおわった時、突然ジェームズがどさっと輪の真ん中に荷物を広げた。

「さぁ、ここにあるもの、何でもいいから一人1つ拾いにきて!」
そこにあるのは、パソコンの保護ケース、USBメモリー、空のDVDケース、ガムテープ、ジェームズが脱いだサンダル(!)など。学生たちは半信半疑に手近なものを拾い上げました。

「手にしたものを使って、『青年』を表現してみてください」とジェームズが指示します。

動揺の声が挙がるなか、アイデアが浮かんだ学生は次々と発言しました。
「青年はこのサンダルのように目的地まで旅をすることができます」
「青年は、このガムテープのように人や社会をつなげます」
「青年はこの歯ブラシのように社会をきれいにすることができます」。

一見するとまったく関係ない備品や文具さえ、考え方一つで『青年』との共通項を見出すことができました。最後に思わず全員から沸いた大きな拍手。これだけ青年の良いところが見つかれば、みんなで挙げた日本の青年の「残念なところ」も改善できるかもしれない・・・。様々な面で感動を覚えながら終了したワークショップでした。


■ケニアのポーリーンと参加した大学生。散策中の1コマ。

ケニアの話を聞いて、日本の紹介をして、原宿の街を散策して、一緒に食事をして。
そんな「楽しくてちょっとためになる」交流キャンプを想定して企画した私としては、2日間のすばらしい成果を眺めて、想像以上に大きな手ごたえを感じ、少し恥ずかしい気持ちにさえなりました。
ケニアのジェームズ青年は「日本の学生の心にろうそくを灯しに」(本人談)来日し、参加した日本の学生は今回のキャンプのようなことをきっかけに、ろうそくで周囲を明るく灯せる素地がありました。

ジェームズが言うように、これからは、学生たちに隣のろうそくにもその灯火を移していってほしいと思いました。


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2007/11/22

Hello from Mali!

Filed under: Africaアフリカ — zzz @ 16:09

プラン・マリ PR&通信担当 ティエコロ・クリバリィ

私の名前はティエコロ・クリバリィです。 
プランのマリ国統括事務所で、PR&通信担当をしていますが、最近異動したばかり。それまでは8年間スポンサーシップ・コーディネーターをしていました。

スポンサーシップ・コーディネーターは、スポンサーとチャイルドの交流を支えるために日本を始めとする支援国事務所と連絡を取り合い、スポンサーからの問合せへの対応、スポンサーの訪問対応、チャイルドの通信物の作成管理、コミュニティ・ボランティアへのトレーニングなどを行います。

私にとっても、おもしろい思い出がたくさんあるので、今日はスポンサーシップ・コーディネーターの頃の私の仕事についてお伝えします。

おもしろかった理由、それはEメールで頻繁にコミュニケーションを取っていた世界中のプランのスタッフとは、私にとって単なる同僚ではなく大切な友人になれたし、それから、スポンサーから送られてくるチャイルド宛の手紙を扱うことは、プランでの仕事の中でも最も興味深く、素晴らしい仕事だったからです。

 
■左から)現在のスポンサーシップ・コーディネーターのモディボ、登録担当のレア、そしてティエコロ

毎週届く何千もの手紙とギフトは、マリの現地語であるバンバラ語に翻訳した後、コンピュータに全て、通信記録として登録します。それらを地域毎にまとめて、その地域を担当する職員、さらにはコミュニティ・ボランティアに手渡し、チャイルドのもとに運びます。研修を受けているコミュニティ・ボランティアは、可能な限り子どもたちが自分の力でスポンサーからの手紙に返事が書けるよう手助けをします。

スポンサーからチャイルドへのメッセージを通じて、私は多くのことを学びました。他の担当では得られなかった機会です。

スポンサーは素晴らしい方々で、チャイルドに対して心を開き、私生活の様子などを伝えてくれます。また皆さんは、人と人の間には友情と結束が生まれると強く信じてくださっており、プランの目標や理念を共有してくださっています。

特に、スポンサーとチャイルドが暮らす社会の文化の違いをご理解くださっている、日本のスポンサーの方々には感謝しています。生き生きとしたチャイルドからの手紙を、時にはたくさんの書き間違いがあるけれど、寛大に受け止めてくださっています。

でも、チャイルドやチャイルドの暮らすコミュニティを訪問し、実際にチャイルドやコミュニティを目にすると、日本のスポンサーの遠慮がちな態度も、一気に興奮状態に。

これまでに多くのスポンサーをコミュニティにご案内してきましたが、そこではスポンサーは「王様」のように歓迎されます。互いに感情の高ぶった時間は、スポンサーにとっても子どもたちにとっても忘れられないときです。

現在私はPR&通信という新しいポジションで挑戦しています。それでもときどき、長い間携わっていたスポンサーシップの仕事を恋しく思っています。


■私のデスク。ここで世界中の同僚とコミュニケーションを取ります 

 

 

 

MY WORK REMEMBRANCE AT Plan MALI

My name is Thiekoro Coulibaly. I am newly appointed as public relation and communications advisor at the country office of Plan Mali. Until a very recent past, I have been working in the position of sponsorship coordinator that I kept for eight years. So, I would find it much easier and interesting to talk about what were my daily activities during this period for two reasons: firstly, many of the people I worked with and came to know well through e-mail exchange Plan world wide were more than colleagues but also, good friends. In addition, the handling of sponsors’ communications is one of the most fascinating tasks at Plan. Thousands of letters and gifts from sponsors are received weekly by the processing team I had to supervise. Once the letters are translated in “bambara” our local language and all the items recorded in the tracking system, they are packed and forwarded to our front line colleagues who dispatch them to the sponsor children. The community volunteers we have so far trained to assist children in responding the letters help to the best of their abilities.           

In my former position, I have learned so many lessons through sponsors’ messages I wouldn’t have had the same opportunity anywhere else at Plan. Sponsors are wonderful human beings, openhearted persons who easily write down their living situation. They strongly believe in friendship and unity among people. There is no doubt that they share the vision of Plan. I would particularly be grateful to the Japanese sponsors whose clearly understand the difference of culture to their sponsor children. They tolerate less vivid correspondences containing great number of discrepancies from their sponsor children. However, when visiting children and their communities, the reserved attitude turns into frenzied moment which gives real sense to life as seen by Plan. I used to conduct sponsors’ visits in the partner villages where sponsors are welcome as kings. This time of high emotion is neither forgotten by sponsors nor by children.

At present, as public relations person I am promoted to this crosscutting position in charge of making the voice of Plan Mali heard and understood. I then have to take new challenges and have other experiences as publishing the achievements of the organization. But, I will certainly miss sponsorship activities over a very long time.           

 


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2007/2/6

西アフリカ マリで出会ったお母さん

Filed under: Africaアフリカ — zzz @ 19:37

伊東 彩 オペレーションサポート部

フランスから飛行機で約6時間、西アフリカのマリへ出張してまいりました。

これからプランの活動が始まろうとしている村の視察へ行き、そこでひとりの若いお母さんに出会いました。

プランのマリでの活動は、1976年に始まりました。うれしいことに今年、そのなかのひとつであるバナンバ活動地域では、プランが撤退することになりました。これは長年の活動を続けてきた成果が、教育・保健・衛生・生計等さまざまな分野で十分に見られること、そして今後は村人たちが自ら村の発展を続けていく術を学びとったからです。

そしてプラン・マリは、次なる新しい活動地域を決定しました。マリの中でも支援が必要とされる地域の中から、スポンサーシップを基盤とした継続した地域開発が行える場所かどうか、住民が望んでいる開発は何か等、検討を重ねてようやくひとつの地域を決定し、2005年より活動を開始しました。バルエリ活動地域です。

今回の視察ではそのバルエリ活動地域で、チャイルドの登録に立ち会うことができました。

現地事務所から目的の村までには、赤い砂に覆われた乾燥した大地が広がるばかりで、舗装された道はありません。車で数十分ほどゆられて村に着くと、プランのチャイルドの子どもたちが、私たちを出迎えてくれました。

プランのチャイルドになっている子もそうではない子も、あっという間に大勢集まってきました。これから、まだチャイルドではない子どもの家を訪問します。その道のりを、たくさんの子どもたちと一緒に歩きました。

      

■村の子どもたちと歩きました

訪問先の家に到着すると、お母さんと子どもが出てきました。すでにチャイルドになっている他の子どもたちが、プランのスタッフに助けられつつ、プランのことやチャイルドになることについて、この家の子どもとそのお母さんに説明していきます。最後は、お母さんも納得した様子で、無事にチャイルドの登録となりました。お母さんは少し緊張した面持ちでした。


■お母さんと子どもに説明しています


■チャイルド登録のための写真撮影

フランス語(マリでは公用語です)、現地語であるバンバラ語、そして英語が飛び交うなか、プランのスタッフの助けをかりて、お母さんと少しだけ話をすることができました。

(私)「こんにちは。私はアヤです」

(お母さん)「こんにちは。私はカヤっていうのよ」

名前が少し似ているだけで、なぜか二人で笑いあいました。

(私)「プランって何をする団体だか知っている?」

(カヤさん)「子どものために活動する団体だって聞いているわ」

(私)「この先、村や生活にどんな変化を望んでいる?」

(カヤさん)「健康、教育。それから・・・よく眠りたい。」

 

その後、プランのスタッフからも話を聞きました。カヤさんは今20歳。マリの村では、女性は家で一番早く起き、家の仕事をこなし、そして家で最後に床に入ります。カヤさんの家から井戸までは500メートル。この村に電気はありません。これからの季節は日中の気温が40度を超えるという厳しい自然環境のなか、人々は日々を暮らしています。


■カヤさんが住んでいる家

しっかり握手をしてカヤさんと別れ、村をあとにしました。この先、子どもたち、村人たち、プラン、そしてカヤさんが力を合わせて、村はどのように変化していくのか、今後とも見守っていきたいと思います。


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2006/9/29

プラン・ガーナのジョージから、メッセージが届きました。

Filed under: Africaアフリカ — zzz @ 16:25

小学校入学の日

プラン・ガーナ アセセワ活動地域エリアマネージャー
ジョージ・コビナ・ヨーク

2006年9月19日、アセセワ活動地域のスタッフと、エリアマネージャーである私は、地域内の小学校を訪問することにしました。この日に入学する、これから学問を始めようとする児童たちを出迎えるためです。

訪問した8つの小学校において、合計で72人を迎え入れました。子どもたちには、これから一生懸命勉強をして、学校に通い続けてほしいという願いをこめて、文房具が贈られました。

この日が、学校生活初日だった子どもたち。ほとんどが、学校は楽しいところ、と思ってくれたようですが、大変なのはこれからです。子どもたちが、学校にきちんと登校してくれるように、また、勉強することに興味を持ち続けてくれるように、色々と考えていかねばなりません。

この日人生のとても大事な一歩を踏み出した子どもたちをサポートするためにベストを尽くすよう、先生たちにアドバイスが与えられました。

また上級生たちにも、入学したばかりの下級生たちの勉強をみてあげて、とアドバイスがありました。

私たちの活動地域(アセセワ地域)では、できるだけ多くの子どもたちが、学校に通えるようサポートするプログラムを継続していくことを決めました。

MY FIRST DAY IN SCHOOL
 
By: George Cobbinah Yorke
On September 19, 2006, the Asesewa Program Area team led by the Program Area Manager decided to visit primary schools to officially welcome the basic one pupils to school since that was their first day to start the journey of climbing the academic ladder. In all, eight schools were visited and 72 basic one pupils were welcomed and also given stationery items to motivate them to learn hard and sustain their interest in schooling. It was generally observed that the children were happy to be in school for the first time but the challenges are how to give them good foundation and also sustain their interest. The teachers were also advised to do their best to help these younger ones who have taken the challenge to start this very important journey in their lives. The senior siblings were also advised to support their younger siblings in their studies. The program area has decided to sustain this program and reach as any children as possible in the future.


■エリアマネージャーのジョージが、児童に文房具を手渡しているところ


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